Scribble at 2026-07-22 12:05:54 Last modified: 2026-07-22 12:22:25

添付画像

このほどブックマークから『ASCII』と『インプレス』を外した。正直、パソコンや生成 AI の情報源としては程度が低すぎるし情報の密度も個人のブログ記事以下だ。これでは Gemini のエージェントに話題を拾って解説してもらう方がマシである。もうこの手の報道とかメディアという「中間業者」は、一次ソースである人物や組織が報道したり公開しようがない(あるいは一次ソースとして信用できない)政治、戦争、宗教などといった分野を除けば、せいぜい企業のプレス・リリースくらいのものだろうが、こういうものを本当に独立した利害関係や見識で理解したり解説できる人材というのが、そもそもにおいて日本の報道機関や出版社には殆どいなかったわけで、現状を見れば『ASCII』のような半世紀以上の歴史をもつ事業者ですら、そういう人材を育成したり、知識・技能を継承したり共有するという knowledge management をやっていなかったと思われる。

特に酷いのが、この AI 関連の記事だ。独立した見識や取り扱いの方針もなく、単に公開されたサービスやオープン・ウェイトで遊んだ報告をだらだらと書いているだけだ。プログラムや文章や画像をつくるうえでの技巧や設定など、利用したいと思っている人にとって役立つ情報が殆どない。僕らのように英語で読める人なら、Huggingface のブログを読めば、数十倍の情報やノウハウがもっと正確かつ詳細につかめるだろう。

これに加えて、僕は『月刊 ASCII』の表紙デザインのスタイリッシュさと反比例したホビーイスト向けのテクニカルな記事などに愛着を持っていたけれど、この手のパソコン雑誌系のサイトは今や単なるオタク雑誌の嗜好になってしまっている。やたらと秋葉原周辺の飲食店やコンビニの弁当などを取り上げてみたり、中途半端にデジタル一眼カメラや車を紹介してみたりする無駄なコンテンツが幅を利かせている。また、僕が8ビットのパソコンを使っていた1980年代前半、『月刊 ASCII』の他にも『I/O』や『Oh! MZ』といった雑誌も読んでいた頃だが、パソコンのユーザというものは、本体は言うに及ばず周辺機器やソフトウェアも慎重に調べて吟味したうえで購入していたものだった。これに比べて、とにかく最近のパソコン雑誌に多いのが「衝動買い」系の記事だ。こんなの、事実上の広告記事に決まっているのだが、どういうわけかスタパ斎藤氏のような専門のライターを使ってまで、数万円のデバイスやガジェットから数十万円のパソコンですら、自販機でアイス・コーヒーを買うような感覚で衝動買いする人々の記事を熱心に掲載するようになってしまった。

僕らがパソコンを使い始めた頃のユーザというのは、別に大金持ちでもない人たちであって、給料からお金を何ヵ月も貯めてやっと音響カプラやグラフィック・ボード(モニター表示をカラーにできた!)のような周辺機器を買うような人々が多かったわけである。もちろんガジェットをステータス・シンボルのように扱う成金もいるにはいたが、パソコンの世界でそんなことをやって他人のマウントをとってもしょうがないのである。なにせ、当時はパソコンなんて生活どころか仕事の道具としてすら疑問視されていた時代だ(カセット・テープにデータを100件ぶんすら記録できなかった)。もちろん、これが一種のノスタルジーでしかないことは分かっているが、ノスタルジーを理由に現今のパソコン雑誌やメディアを批判しても、別に不当ではあるまい。「俺は嫌だ」というだけのことだからだ。好きな人は好きでいい。

  1. もっと新しいノート <<
  2. >> もっと古いノート

冒頭に戻る