Scribble at 2026-02-21 20:17:38 Last modified: unmodified

添付画像

Modern science has given us the superpowers that have brought about the 'Anthropocene', but unfortunately not the wisdom to face its existential challenges. We cannot afford to dismiss potentially useful knowledge on mere ideological grounds without due assessment. Science and the Other is an in-depth exploration of what hinders us from engaging in cross-fertilising pluriversal dialogue. The book examines how scientific universalism naturalises the exploitation of both human and non-human nature. Other(-ed) knowledge practices are marginalised and excluded from scientific discourse on the presumption that they are incompatible with scientific evidence. However, an in-depth comparative analysis of the marginalised views and practices of the Brazilian Potiguara nation shows that their cosmology is not contradicted by scientific evidence, and hence a constructive dialogue should be possible. Furthermore, the use of radically different metaphors paints a different picture of 'reality', allowing onto-epistemic shifts and opening up new horizons towards alternative futures beyond the scope of modern/colonial metaphysics.

Science and the Other: An Inquiry into the Geopolitics of Knowledge, Potiguara Ontology and the Hard Problem of Modern Science

いやぁ・・・。何と言うべきか困る一冊だ。もちろん、都内やド田舎の哲学プロパーは相対主義やインチキなダイバーシティがお好きだろうから、この手の読み物も青土社あたりから翻訳したいと思うのかもしれないが、僕はひっそりと絶版にするべきだと思うね。文化人類学の成果として扱うならまだしも、アマゾンの原住民から聞いた伝承を科学と直に対比するなんてのは、それこそ中学生の自由研究なら許されても、大学の学術研究者に許されていいことなんだろうかと思う。

とりあえず第一章を見てみよう。すると、主観的な経験は欺瞞的で信頼できないが、認識し論理的に推論する主観こそが真理の唯一の源泉であるという、自己矛盾した構造にあることが問題なのだという。ええ・・・と、まずここで驚くよね。これではまるで、主観的な経験が常に欺瞞的で信用に値しないものであり、なおかつ真理の唯一の源泉が人の主観であるという、どちらもかなり酷く短絡的で特殊なことを口走っているように思える。特に、「真理」がなんであるかはともかく(僕には、実は何のことかイマイチわからない。僕は、たぶんインフレ説=余剰説の支持者なのかもしれない)、われわれがいてこそ真理が問われうるということを認めたとしても、前者はとうてい認められないだろう。これを認めるなら、われわれはこうしてキーボードをタイプしているときですら、実は一文字ずつ全ての入力を間違っていることになるからだ。だって、常に間違っているわけでないなら、論理的な「矛盾」になるわけがないからである。

次に、著者はこの「矛盾」とやらによって、人文学と自然科学が分離したのだという。そして、それらにおいて扱われている「心」と「脳」を統一する学説は現れていない。これを、著者はチャーマーズと同じく "hard problem" と呼んでいる。ちなみに、当サイトでは既に書いたからご存知かもしれないが、僕はこの "hard problem" は擬似問題だと思っているので、こういうことに悩んで見せる成果の殆どは評価しない。サービス精神で手短に言っておくと、「意識のハード・プロブレム」とは、僕らの脳で起きている電気化学的な反応をモニターで見せられて、それがどういう精神状態なのかを僕らが自分自身についてすら理解したり言い当てられないし「実感」もできないということを言っているにすぎず、こんなものは「問題」でもなんでもなく当たり前のことにすぎないのだ。

さて、ここから先はブラジルの先住民の話が出てきて、西洋の自然科学は「他者(Others)」と無視しているからこそ困難を乗り越えられないのだという、代替医療の信者みたいなことを言い始める。Gemini に内容を解説させて僕がわざわざ読んでやるのですら時間の無駄である。Springer には、この手の査読が機能していないと疑えるような本が割とあって、predetory journal ならぬ predatory book なるものも増えているのではあるまいか。オープン・アクセスの本なので、どのみち著者から金を積み上げられて出版したのだろうけど、これはいかにも自費出版レベルだ。

  1. もっと新しいノート <<
  2. >> もっと古いノート

冒頭に戻る


共有ボタンは廃止しました。他人へシェアしてる暇があったら、ここで読んだあなたが成果を出すべきです。