Scribble at 2026-02-18 08:45:00 Last modified: 2026-02-19 12:51:51

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It is often claimed that the later Quine became a form of structuralist, especially because of his thesis of ontological relativity, despite the apparent tension with his realism. I argue that rejecting the received structural realist readings of Quine resolves the tension. Only new naturalized forms of ontological structural realism might be compatible with Quine’s philosophy. The interpretation I offer results in a conservative, non-revisionary role for regimentation. I argue that my approach is the most promising one for developing a Quinean philosophy that successfully integrates empiricism, naturalism, and realism, offering an underappreciated pathway in current philosophy of science towards a naturalized empiricist framework.

Structural Realism in Quinean Philosophy

訓詁学的な印象はあるけれど、さすがは老舗の ERKENNTNIS だけあって面白い論文だ。そういや、だいぶ前に誰かがクワインの Ontological Relativity and Other Essays を翻訳してるって話を X で見掛けたことがあるんだけど、あれはどうなったんだろう。頓挫したんであれば、クワインで学位をもらった成瀬くんとかがやればいいのに。博報堂とかと、どのみちメソッドよりも教師の質が決定的なアクティヴ・ラーニングなんてやってるよりも有意義だと思うけどね・・・さて。

ライムント・ピルスによるこの論文は、クワインが、その晩年に至るまで直面し続けた「構造主義(Structuralism)」という名の誘惑、あるいは誤解を解き明かそうとしている 。多くの研究者は、クワインが提唱した「存在論的相対性(Ontological Relativity)」や「参照の不透明性(Inscrutability of Reference)」といった概念を根拠に、彼を「構造実在論者(Structural Realist)」の先駆者として祭り上げてきた 。それらの議論によれば、我々の言語や理論が指し示す「実体」が何であるかは結局のところ決定不可能であり、不変なのは対象間の関係性、すなわち構造のみであるとされる 。しかし、ピルスはこうした通説を退け、クワインがその思索の果てに守り抜こうとしたのは、もっと無骨で、もっと泥臭い「実在論」であったと主張する 。

クワインを構造主義へと引き寄せる経路は、一見すると堅牢だ。科学理論を論理的に整理する「規律化(Regimentation)」を突き詰めれば、物理的な対象はすべて数学的な集合の構造へと還元できてしまうように見える 。あるいは、同じ経験的証拠を支えにしながらも、全く異なる存在論を持つ理論体系が成立しうるという「決定不全性(Underdetermination)」の事実は、特定の存在論へのコミットメントを弱体化させる 。これらの道筋は、最終的に「実体は構造の中のニュートラルな結節点(neutral nodes)に過ぎない」という結論を導き出す 。だが、ピルスによれば、これらはクワインの哲学における「認識論」や「意味論」の側面のみを誇張した議論に過ぎない 。

クワインを崖っぷちで踏みとどまらせたのは、他でもない彼の「自然主義(Naturalism)」であった 。彼は、哲学者が科学の外側の特権的な場所から「真に存在するもの」を審判できるとは考えなかった 。科学がクォークや分子について語り、それによって世界を鮮やかに説明しているのなら、それを「顔面価値(Face-value)」で受け入れることこそが知的な誠実さであり、自然主義者の選ぶべき道なのである 。存在論は確かに認識論的には不安定かもしれないが、科学の内部で機能している限りにおいて、その実在性は確保される 。ピルスは、初期のクワインに見られた「不要な存在を削ぎ落とす」という規律化の役割が、後期には「科学が文字通り語っていることを明確化する」という保守的なそれへと転換したことを強調している 。

結局のところ、クワインにとっての構造主義とは、我々の知識の限界を示す「認識論的」な教訓であって、世界そのものから実体を奪い去るような「存在論的」な宣告ではなかったのだ 。彼は、科学者が日々向き合っている電子や細胞といった対象を、単なる数学的な代用品に置き換えることを拒んだ 。ピルスが描き出すクワイン像は、抽象的な論理の海を泳ぎながらも、常にその足を科学という大地に着けようとあがき続けた、一人の不器用な実在論者の姿である 。この論文が提示する「保守的な規律化」という視点は、クワインという巨大な知性を、構造主義という流行のラベルから解き放ち、彼が本来志向していた「自然主義と実在論の共存」という原点へと回帰させている 。

・・・ここまでが Gemini の要約だ。この内容で最初に気づくこととして、「相対化」とか「相対性」と言うと、多くの人は日本の社会学者とかにありがちな「人生色々」みたいな話として理解してしまいがちで、つまるところ「なんでもあり」で、どういうことにも意義とか意味があると思いがちだ。でも、人生や社会、なかんずく宇宙や世界の真理や自然法則は、そんな甘いものではない。他の選択肢がありえることを許容するからと言って、僕らが現に受け入れている価値観や基準や思想などなどを過小評価する理由にはならないし、ましてや「事前確率 0.5」などというベイズ主義を名乗るインチキが正当化されるわけでもない(僕に言わせれば、事前確率を 0.5 に設定するなんてのは、馬鹿の自己紹介と同じだ)。相対化は、あくまでも現状が有限な根拠に基づくコミットメントであることを自覚するための制約条件として、他にも条件があるか、僕らの知らない条件があることを教えてくれる想定を助けるために導入される概念であり、他の諸条件や価値観などを打ち立てるばかりか正当化するようなものではない。そもそも、僕だって彼の著作は何冊も読んできたし、クワインがそんな人物だとはとても思えないね。

クワインが提示した「存在論的相対性」や「参照の不透明性」といった概念は、科学の対象を単なる構造上の結節点へと解消してしまう、一種の構造主義的な転回として受け取られてきた 。多くの論者が、クワインは実体へのコミットメントを弱め、構造のみにリアリティを認める「構造実在論(structural realism)」へと舵を切ったのだと解釈したのである 。これは、ファン・フラッセンの構成主義的経験論が、理論の道具的な有用性を説きながらも、科学の記述する構造に対してどこか実在論的な「顔つき」を見せてしまうがゆえに、皮肉にも「隠れ実在論者」と目されてしまう構図と似ている。

しかしピルスは、こうした解釈はクワインの「自然主義(naturalism)」という防波堤を軽視していると断じる。クワインにとって、理論の書き換え(規律化)が可能であるという認識論的な事実は、我々が今信じている科学の対象を否定する根拠にはならない 。彼は、科学が「クォーク」や「分子」について語るなら、それを他の何かに置き換え可能な数学的記号としてではなく、文字通り実在するものとして扱うべきだと主張した 。この「顔面価値(face-value)」を重んじる姿勢こそが、彼を構造主義という名の「第一哲学」の罠から救い出しているのだ 。

ピルスの論理を辿れば、クワインは構造主義の道具立てを使いながらも、その実、科学の語る世界をそのままに受け入れようとする「強固な実在論者」であり続けたことになる 。ファン・フラッセンが「救われるべきは現象である(Save the phenomena)」と説きながら実在論の影を宿すのに対し、クワインは「救われるべきは(科学が語る)実体である」と説くために構造主義的な分析を潜り抜けたと言えるかもしれない。この「認識論的な謙虚さ」と「存在論的な頑固さ」の奇妙な同居こそが、クワイン哲学を多層的な、あるいは誤解を招きやすいものにしている本質なのだろう。

ここで、この論文では Frederique Janssen-Lauret の Quine, Structure, and Ontology (Oxford University Press, 2020) を参照していないので、これを加えて議論してみても、ピルスが描くクワイン像は、構造主義という洗練された外套を羽織りながら、その内側では科学が語る「物(things)」への素朴な信頼を捨てきれなかった、ある種の「確信犯的な実在論者」だという解釈に訂正はなさそうだ 。多くの論考がクワインの「参照の不透明性」を根拠に、彼を構造主義の陣営へ引き入れようとする中で、ピルスはあえて逆説的な問いを投げかける 。もしクワインが本当に構造主義者であったなら、なぜ彼は晩年になっても「石や棒切れ、あるいは電子やクォーク」への執着を、あえかなる信仰のように繰り返したのか 。

ここでファン・フラッセンとの類比が浮かび上がる。ファン・フラッセンが「経験的妥当性」という極めて厳格な基準を設けながらも、科学の営みが描き出す世界の構造に対しては、実在論者が沈黙するほど精緻な記述を捧げたように 、クワインもまた「構造」という概念を、実在を解体するためではなく、むしろ「科学の語る実在をいかにして認識論的に正当化するか」という防衛線として用いたのではないか 。

ピルスの批評眼が冴えるのは、クワインの「規律化」という装置を「保守的な解釈ツール」へと再定義した点にある 。初期のクワインにおいて、論理による整理は「いらぬ存在を削ぎ落とす剃刀」であったが、ピルスの解釈によれば、後期の彼はその刃を科学の文字通りの主張を守るために使い始めている 。これは、構成主義的経験論者が「理論の真理性」を否定しながらも、科学の「文字通りの解釈」を実在論者以上に重んじるパラドックスと酷似している 。

結局のところ、クワインにとっての構造主義とは、世界そのものが構造でできているという宣言(OSR:存在論的構造実在論)ではなく、我々の知識が「構造を通してしか世界に触れられない」という認識論的な謙虚さの表明(ESR:認識論的構造実在論)であったとピルスは結論づける 。彼は、理論の参照が不安定であることを認めつつも、科学という枠組みの中に身を置く限りにおいて、その不安定さを「実在を疑う理由」にはしなかった のだろう。

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