Scribble at 2026-01-05 12:44:55 Last modified: 2026-01-05 13:26:47
あーあとは長年のプランである、『大鏡』の勉強をしたいというのもあるな。これはウェブで検索すると分かるように、国文学を専攻する学生にとってはスタンダードな古典でありながら、その分量が多いためなのか、通読して解説したり批評する人が殆どいない。いたとしても、せいぜい「誰が書いたのか」という下らないアマチュア探偵まがいの妄想や陰謀論を書いてる「古文おたく」どものブログ記事が見つかるていどだ。この手の連中に古典を解説する見識も学識もないのは、考古学を学んでいた頃に邪馬台国ブームで散々なインチキ本を読まされた中学生の頃に理解して、それから出版社や編集者には一定の疑念をもつようになったわけである(僕自身も35年ほど前はプロの雑誌編集者だったわけだが)。
そういうわけで、一昨年前には「昼ドラ大河」と呼ばれた『光る君へ』も放映されたのだし、少しは『大鏡』が話題になるのかと思ったけれど、オンラインで飛び交っていた話題の中に「大鏡」の二文字を見つけることはできなかった。しかるに、そこまで関連する出来事があっても無視される古典というのも気の毒な話であり、少しでも取り上げるべきかと思われる。
それから、これは MD で何度か書いたのだが、足立巻一氏が何かの著作で、『大鏡』を国文学や国語学の学生にとっての必読書として取り上げていて、『大鏡』を読んだことがない人物は「もぐり」だとまで言っていたのを覚えていて、僕はもちろん国文学や国語学の学生でもなければ、それを志望してもいないのだが、そこまで人に言わせるスタンダードな古典というものは、それが国文学のであろうと量子情報理論のであろうと目を通しておきたい気分にさせられる。僕は、そういう意味では教養主義を個人のスタンスというか願望としてはもっているのだ(他人にまで勧めたり期待したり、それどころか要求したりはしないので、啓蒙「主義」ではない。凡人にそんなことできるわけがないし、そうする必要もないというていどにはヒトという生物種の将来や来歴を信じたり尊重していないところがある)。
それからついでに、上にご紹介したクズみたいなページについて書いておくと、こんな摘み食いやお得情報とでも言っていいような事項を暗記することが「知識」や「教養」の名に値しないということくらい、僕らは小学生で理解していたものだ。逆に、きみたち東大暗記小僧の成れの果てである分析哲学や科学哲学のプロパーに問いたいところだが、ウィトゲンシュタインやクワインの生年月日くらい覚えてるんだろうけど、それできみたちどれほどの哲学的な業績を上げたの?
あとね、『大鏡』について紹介してるページとかブログ記事の多くは高校の古文を扱う受験情報のサイトだったりするのだけれど、「【全文&現代語訳つき】「大鏡」って実はドラマティック!現代語訳・意味・テスト対策までまるわかり」(https://kobun-kanbun.com/archives/190)などと称して、たかだか2つや3つの文を説明するだけという酷いものが多い。このページを実際に見ると唖然とさせられるわけだが・・・で・・・このページのどこに「全文&現代語訳つき」の文章が掲載されているのか。ふつうの日本人としては、「全文&現代語訳つき」と書いてあれば、『大鏡』の全文章の現代語訳が掲載されているはずだと期待するわけで、このキーワードの使い方は、早い話が clickbait あるいは悪質な SEO だよな。
それから読み下し文を掲載しているサイトは幾つかあるけれど、なんだかやたらと自意識過剰なことを書いてる人も多いのは、やはりマイナーなテーマだからだろうか。やれ海外の研究者から問い合わせを受けただのと言いつつ、利用した古典籍の典拠表記も掲載していないという、学術研究の基礎も学んでいない素人だとか、とにかく情報が多いサイトに限って文字がやたらと小さくて、文章を「文字列」や「データ」だとしか思っていない若造のやることだと思ってしまう。音楽や絵画や小説などを好む理数系の若者に多い、「俺って人文の教養もある理系だし」みたいな自意識でページを公開しているのだろうか。