Scribble at 2025-12-25 16:20:05 Last modified: unmodified

出版社のキャッチ・フレーズとして、ブルデューやドゥルーズらを「知の革命家」と呼ぶのが流行っている。というか、こんなフレーズは "Intellectual Revolutionary" という表現としては1世紀以上も前から使われてきたし、日本語としてもニューアカの頃へ遡れば半世紀近く前にはなろう。

さて、われわれ凡庸な一般人としては、ぜひ問うてみたいのだが、「革命」的であるなら巨大なインパクトがあるはずであって、その影響力も深く広大であるはずだ。国家や政体における革命がそうであるように、物事の総体を根本から覆すようなものであろう・・・で? 出版社の営業とか、あるいは三流大学の翻訳学者が言うような「革命」は、いつ起きるんですか? あるいは既に起きているとして、その juggernaut と言うべきインパクトは、いったいどこで見物できるんスかね? 岩波書店とか勁草書房に何千円か払って「学術研究コミュニティ」と自称してるサーカスの中に入場しないと観られないものっスかね? いや、あるいは東京とか京都と呼ばれている田舎者の巣窟に足を運んで、なんとか大学の授業を受けないといけないのかしら?

結局、人文・社会系の研究者というのは、出版社と一緒になって墓穴を掘っているだけなのだ。自分たちで法螺を吹いておきながら、「いや、人文には価値がある」などとデタラメな bootstrapping をやったところで、テメーでテメーの地位を引っ張り上げることなんざできねーわけだよ。出版とは、見ず知らずの他人に対するプレゼンテーションなんだから、それ自体が力強い証明になっていなくてはならない。読み手に、分かれだの、あるいは分かるまで読めだのと言ったり期待して、それが期待外れに終わるかどうかまでの時間稼ぎを「古典解釈の奥深さ」などと称して相手に要求するのは、結局のところ学者として無能のやることなのだ。

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