Scribble at 2025-10-02 21:30:04 Last modified: 2025-10-05 13:58:04
すごく簡単な話だと思うんだけど、「社会保障制度は要らない」と言ってる人は、要するに「俺に社会保障は要らない」と言ってるだけなんだよね。池田信夫、山形浩生、あるいはホリエモンといったリバタリアンと思える人々は言うはずだと思うんだけど、要するに彼らは病気でもなければ金もあるし社会的な地位もあるから、困っていない。だから、自分には要らないし、自分に要らないのだから制度としても不要だと言ってるわけだ。馬鹿な話である。こういうリバタリアンに、大学で社会科学系の学問を習う資格なんてない。義務教育以下の知性だと思う。
なので、こういう人たちは、同じように身体障害者でもなければ癌の患者でもなく、ゲームでガチャに何万円と注ぎ込んでいるような都内の IT ベンチャーや上場企業の洟垂れ小僧どもを相手に、彼らの小遣いを吸い上げようとする「社会保障」なる無意味な制度を罵っていれば、いくらでも本が売れるし、YouTube の閲覧回数も増えるというわけだ。こういうガキは、もちろんセカイ系がどうのこうのと言う以前にガキなんだから、眼の前にいる人間のこと、たいていは鏡に映ってるテメーかキャバ嬢かホストくらいだろうけど、そういう何にも困っていない人間の姿や生活しか見えていないし、想像もしない。だって、こういう連中の五感に入ってくる「人物」と言えば、せいぜい鬼とか呪霊とかと戦ってる漫画の主人公だったり、ゲームの NPC だったり、X で喚いてる「有名人」どもや広告代理店のバイトだけだろう。社会保障制度がなくなれば何が起きるかを想像する知識も情報も知性も動機もないのだから、だれかが胸ぐらを掴んで話を聴かせるか、幸運なきっかけでセンチメンタルなドラマか小説に触れて何かに思い当たるのを待つくらいしかないのだろう。
そんなやつらが、オンラインにページを公開しているだけで当サイトなどにアクセスしてくるなんてのは、はっきり言って「ソーシャルという名の錯覚」と言ってもいい妄想だ。そんなことは、これまでにも言ってきたが、社会科学的なスケールで言って誤差ほどの可能性もない。そして、僕はそんな連中のためにこのサイトを運営しているわけではないのである。哲学にも言えるが、何かに気づいたり意欲を抱いたりするのは、自分たちで勝手にやることなのだ。僕らがサイトで解説したり哲学の教科書を書くからこそ、そういう人々が何かを思い立ったり何かに興味をもつわけではない。それは、まったく原因と結果が逆である。なので、僕は何の事情や動機によるかはともかく、そもそも哲学を学ぼうとしている人にしか自分の文章を読んでもらうつもりはないのであって、たまたまアクセスした人が科学哲学に関心をもつなんてことは期待していないし、そんなのはだいたいにおいて哲学へコミットする事情としては嘘だし、つまりは自分に嘘を付いているのだから、僕に言わせれば門前払いの自己欺瞞で哲学に関心をもつような人間だ。