Scribble at 2025-09-10 16:12:42 Last modified: 2025-09-10 16:28:33

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これは、さきほど眺めていた Apple 製品の情報サイトなのだが、こういうメディアはスマートフォンでアクセスしたときだけ、ページに広告を表示するというデザインになっていることが多い。しかも、それらはこのサイトで掲載している記事のブロックに似せたビジュアル・デザインで掲載してる、「ネイティブ広告」と呼ばれるインチキ広告(ダーク・パターンの一つでもある)だ。

後ろめたい手法で掲載しているからか、こういう広告にはロクなものがない。最近だと、やたらと多いのが「ChatGPT 講座」と称する都内のゴロツキが開いているセミナーの広告だとか、IQ テストと称する意味不明な広告、それから「独りでいるとすぐに寝てしまう方へ」だの「屁が出る人は腸がどうの」とかいう医療系の不安を煽る広告、それから投資だとかのあからさまな詐欺もいまだにたくさんある。

そういう中で、このサイトで見かけたのが國學院大学の広告と称する、かなりヤベー広告だ。なにか歴女狙いの話題を振っているかのように見えるが、國學院の歴史学や考古学なんて調査の実績はもちろん、学説でも高校のクラブ活動並だ。皮肉にも保守を名乗っている人間が言わせてもらうが、ああした歪んだ偏見がまかりとおるような大学で歴史を学ぶのは、逆に革命的プロレタリアートのための科学的な歴史を教えるという馬鹿どもに学ぶのと同じくらい危険である。

それから、ついでなので言っておくが、こうした極端なイデオロギーをもとに教えているところも許容することを良しとする人々というのは、どういうつもりで余裕ぶっこいてるのかはしらんけど、何か妄想のような「多様性」なるものを信じているらしく、色々な立場や意見を放置することが社会としての度量みたいなものだと錯覚しているらしい。でも、権威主義者であるからこそ言わせてもらうが、そんな理由で「色々な意見」を調べて回ったり比較する暇があるのは、きみたち金持ちの小僧だけだ。たいていの人々は、視野狭窄だろうと短絡的であろうと、手持ちの道具で判断する他にないのである。こういうのは、よく全国紙を幾つも購読して朝食の前に読み比べているみたいな話をしている官僚や評論家のジジイとかが、決まって通俗的な成果しか残していないか、あるいは無能という事実でも分かる。選択肢が限られているという現実があるからこそ、われわれ裕福でもなんでもない凡人というのは、正確で信頼できそうな立場を一つ選びたいと望むわけであって、そのために権威というものは擬制であろうと必要なのだ。権威を否定して、すべての事柄についてゼロベースで調べたり学んで自分の意見や結論を出すなどという、およそ不可能なことを前提にするような人間に、現実の社会を考えたり何かを提案する力などない。もちろん、これはただのリアリズムや通俗主義ではない。権威がなんであるかをめぐっては、新聞やテレビや雑誌や新書やウェブ・コンテンツなどを簡単に信用してはいけないわけで、寧ろそういうことを自力でよく考える習慣とか観点という素養を身につけることを促すために、きみらは大学で哲学を教えているのではなかったのかと言いたい。

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