Scribble at 2025-09-02 08:05:32 Last modified: unmodified
MarkupDancing では何度か書いているけれど、僕は「ジョギングで使用することを想定しているイヤフォンは全て有害である」というスタンスをとっていて、「利用シーン」としてジョギングするときに便利だと宣伝されているような、たとえば骨電動型のイヤフォンだとか、ノイズ・キャンセリング機能があるオープン型のイヤフォンなども、僕の基準では「有害」と分類される。
しばしば、「技術に罪はない」などと利いた風なセリフを目にするけれど、技術を考案するだけでなく実装し商品化するにあたっては、それがどう利用されるかを想定することが製造物責任法という観点からも必須である。したがって、ランナーズ・ハイのように自ら傲慢な精神状態に陥る手合が手に取り、そして彼らに売れるよう想定しているとなれば、「技術に罪はない」というセリフが工学的な構造や機構と、それの商品化なり実装とをミスリードした詭弁であることは明らかだ。「技術に罪はない」、それは確かかもしれないが、お前たち有害な商品を製造・販売している輩は、その技術を悪用しているのだ。技術だけを売るというなら、それはただの特許権の譲渡であろう(ネタにマジレス)。
この国では、かなり以前から「マイクロ・エシックス」だのと些末な話題を取り上げて悩んで見せては、いっぱしの啓蒙なり通俗化に寄与していると思い上がった連中が大学や出版業界にいるらしいが、そういうことは、かような事例も含めて最低でも数千件の話題を集めて体系化してから言えという気がする。自分の身の回りで起きている事柄を適当に拾い上げて「哲学的に」お喋りしているだけでは、それこそ「セカイ系」というものだ。そんなことで、世の道徳や倫理の問題に(自分自身にとってすら)参考になる知見など得られるものか。