Scribble at 2025-08-03 17:10:43 Last modified: 2025-08-04 13:14:00
転職という行動そのものの是非を議論するつもりはない(転職そのものがいけないとか良いなどという議論はナンセンスだ。仮に結論が出たとして、誰がそんなことを他人に強要できるというのか。単純に憲法違反だろう)。しかし、個々のケースについては各自の思慮とか判断について意見を言っても不当ではないだろう。そこで、あらためて幾つかの点は確認しておきたい。
とりわけ昨今のマスコミで盛んに唱導されているような、転職がブームであるどころか労働者の正しい振る舞いであるかのような状況は、はっきり言って人材紹介会社や転職・求人サービスといった業界が、自ら出稿している広告記事などによるプロパガンダである。これは、求人サイトを運営している弊社の部長だからこそ言えることであり、働く人が転職先でうまくいっているかどうかなんて、はっきり言って求人サイトや人材紹介会社は知ったことではないのだ。寧ろ、うまくいかなくて再び人材紹介サービスや求人サイトを利用してくれる「リピーター」が増える方がいいわけなので、「竹中パソナ」と言われる業界ゴロみたいな会社でなくとも、一般論としてかような「人材ブローカー業界」は、人手不足や失業という状態が継続するほうが儲かる。全ての働き手がいまの仕事や会社に満足していたら、こんなサービスはたちどころに崩壊するからだ。要するに、人材紹介業や求人情報サービスというのは、自分たちが何か世のために手助けしていると称していながら、現実には労働者が不幸であるほうが儲かるのだ。ちょうど55年体制の社会党や共産党みたいなものであり、世の中が自民党などによって不幸な状況であるほうが自分たちの立場を正当化できるのと同じことだ。
よって、自社のサービスを具体的にどうこうと言いたいわけではないが、できるだけ自分で働き口を見つけるべきである。アホみたいにコマーシャルを打っている、某なんとかリーチなどという会社は、うちでも紹介してもらって何人か採用したことがあるようだが、コマーシャルか担当者にそそのかされたのか、とにかく身の丈を超える年収や待遇を求めて鼻息だけは荒い無能な連中が大量に登録されていて、いまやまともな企業では某なんとかリーチに登録しているような人物を避ける方が採用は成功しやすいとすら言われている。
かような人足業者風情に頼らずに就職先を見つけるほうがいいわけだが、もちろん職安なんていうお役所仕事の連中に期待などできないわけで、それなりの工夫が必要だ。少なくとも自分が関心をもっている仕事や業界を見つけて、どういう企業があるのか、5年くらい前の『四季報』を購入するようおすすめする。どうして昔の『四季報』なのかというと、上場したばかりの会社なんて事業継続できるかどうか分からないからだ。10年以上は続いている会社が良いと思うが、逆に社内でのビジネス・プロセスが形骸化したりフォーマット化してきて、面白くないと感じる人もいるだろう。特に営業とか R&D なんて、自分たちでは何か試行錯誤や創造の余地があるかのようなことを言っているが、現実には営業手法を学んだことがない素人の思いつきにすぎないし、研究職でもたいていはルーチン・ワークである。なので、なんとか仕事が形骸化しないうちに5年くらい前の『四季報』で見つけた会社が存続していれば、直にエントリーするのもよいだろう。
なお、僕も人材紹介会社を利用したことがあるけれど、出てきた「コンサルタント」と称する人物は後輩である神戸大の新卒だった。採用業界どころか社会経験すらほとんどない人間に、「転職が多いとロクな仕事にありつけませんよ」などとお説教されたものだ。実際、僕が MarkupDancing で何度も書いているように、上場企業であっても人事部なんて社会心理学や労働法や ebXML 設計の基礎すら知らないバカや無能の集団だ。それに輪をかけて、人材紹介や求人サービス業界の人間なんて、実際には就職や転職のノウハウなんて殆ど知らない、個人データのブローカーにすぎない。
そういう常識をわきまえたうえで、転職するなら勝手にすればいいというのが僕の意見である。ただ、これに加えて更に言わせてもらえば、大学を卒業して半年くらいで転職するような人に言っておきたいのは、そもそも新卒採用で就職先の評価や選定を間違えたのは、なによりもまず自分自身であるという明白な事実を忘れないことだ。そういう、言ってみれば就職先の見つけ方や決め方を誤った自分自身が、転職先を正しく見つけたり選べる保証があるのか(紹介会社や求人サイトを信用できるだけの見識や経験が自分にあるのか?)ということを、じっくり考えてみてからにしたほうがよいということだ。そもそも、世の中に自分の才能がなんであるか正確に理解したり引き出せる(それも才能だ)能力がある人間なんて、そうはいない。僕がつねづね言っている「凡人」というのは、無能やバカのことではなく、まったくスタンダードでノーマルな人々のことだ。凡庸であるからといって、何を恥じる必要もない。それゆえ、逆にそれぞれの人には何か特殊な「固有スキル」みたいなものがあって、適切な会社に入ったり、あるいは適切な条件があれば発動するかのようなラノベ的な妄想におちいるのは避けるべきなのである。きみらのような凡人に、そんな能力など(あるとしても)簡単には見つけられないし、引き出すこともできないのである。もちろん、僕も凡人であって、自分の「本当の才能」なんて知らないし、分かろうはずもないと思っている。ただ、たぶん才能が色々とありすぎて決められないと言った方がいいような気もするが。