Scribble at 2025-03-16 22:03:47 Last modified: unmodified
今年のというわけでもないが、かつて Firefox のアドオンとして使っていた Scrapbook というツールで、ローカルに大量のウェブ・ページやファイルを保存したのだった。もはや伝説の類になってしまったと思うが、2015年の年末に起きた「シュプリンガー祭」と呼ばれた出来事でも、Springer がホストしていた多くの分析哲学・科学哲学系の雑誌論文を、このアドオンの自動処理機能でダウンロードしたこともある。そのおかげで、僕は Synthese や ERKENNTNIS といった高額な購読料金がかかる雑誌のバックナンバーを2015年までは全てローカル・コンピュータに保有している。
他にも、たぶんいまでは消失したり閉鎖されてしまったサイトのページも数多く保存しているはずだし、大学のサイトも研究者が移籍したり亡くなると即座に閉じてしまう傾向があるし、大阪で大学のサイトを専門に扱っていたウェブ制作会社(というか零細の広告代理店と言ったほうがいいのか)と付き合いがあった事情で、とにかく大学というのはリソースの永続性など露ほども気にしていない人たちで、学者や大学職員こそが「知」や情報について最も刹那的な扱いをしているのではないかと頭にくると言っていたことがある。
しかし、どれだけ集めても活用しなければ無意味である。ただたんに集めて積み上げているだけでは意味がなく、マンホールの蓋を撮影してコレクションを見せびらかしている方が、まだマシというものだ。よく、いわゆる「積ん読」の効用について語る人がいるけれど、そんな些細で偶然のチャンスを期待する他にないような無能のたわごとに耳を貸すべきではないのであって、どう考えてもスタンダードな態度、つまり手に入れた文献は通読して活用することが望ましいに決まっている。昨今なら、PDF を生成 AI の「えさ」としてアップロードしてもいい。