Scribble at 2024-12-16 19:19:28 Last modified: 2024-12-16 19:34:56
あいかわらず横のものを縦にするしか能が無い都内のインチキ文筆家と編集者たちは、IT に関連する著作ですら、自分たちで勝手に「最新動向」だの「最先端の話題」だのとマッチ・ポンプをやっているらしい。その一つが、Mark Coeckelberg とかいう、(科学)哲学者としても、あるいは NYT ベスト・セラーのリストですら見たことがない人物の、「時間の哲学」に関する翻訳が出るという話だ。ウィーン大学で技術の哲学を教えている人物のようだが、正直なところ大騒ぎするような業績なんてない、小規模な学会でヘゲモニーを掌握していた「重鎮」というだけのことだ。
で、日本の出版社で働く編集者というのは、とにもかくにも、こういう「知られざる思想家」とか「隠れた天才」みたいなのが大好物らしく、この手の人物をせっせと見つけてきては本を出しているわけだが、もちろんプロパーも我々のようなレベルのアマチュアも、業績という標準的なインパクトに欠ける人物のプロパガンダみたいな本など、読む気もなければ学生に勧めるつもりもない。つーか、べつに隠れもしてないで業績をちゃんと出してる Kyburg とか Supppes とか Earman とかの堅実な成果を翻訳する気がないのだから、そのへんのどうでもいい文化芸人どものチラシみたいな本を翻訳するしか能が無いんだろう。当サイトでは、ルウィスの Counterfactuals を「プロブレーマタ」で翻訳すればどうかと中才先生に勧めたのは僕だという話を何度か書いていて、「こんなの売れないよ」と先生に言われて確かにそれはそうだと思ったのだが、ではそもそも分析哲学や科学哲学で「売れそうな本」なんてあるのかという疑問を覚えたものだ。きみら若手のプロパーは、今世紀に入って続々と「~の分析哲学」みたいな本を乱造してるけど、結局のところガキに受けるネタで翻訳だの通俗本を出して、どれだけ売れたのかな。
とかく、IT について思想語りするといった、日本の IT ブルーカラーがコンプレックスにしている一つの話題を取り上げてりゃ X とかで騒いでくれるとでも思ってるのだろうが、そんなことだけで本が売れたりはしないのだ(もう一つのコンプレックスは、この手の IT オタクは理数系の学科を出ていなくて、NEC や富士通に入社してから半年くらいの研修を受けるだけで Java とか Python とか C++ のコードを書いてる、まさしく都内の養豚場みたいな事務所でコーディングしてる豚さんなので、本来の IT あるいは情報科学や離散数学の高度な話題にもコンプレックスを持っているのだ。ちなみに、僕も理数系の学科は出ていないが、小学校を卒業するときに8ビットのコンピュータを使い始めてから40年以上のキャリアがあるし、もちろん現在も上場企業や地方公共団体の案件でサーバを運用している現役のエンジニアであるから、ちょっと次元が違うよね。言っちゃ悪いけど)。