Scribble at 2024-06-05 18:44:31 Last modified: 2024-06-05 19:10:03

もっと笑い話もある。ある大学の学生部長が笑っていたのだが,毎年学費が3割上がって,これでは3年で2倍近くになると,ヘルメット学生が言っていたのだそうだ。この場合は

1.3 x 1.3 x 1.3

で,たった3回で約2.2倍になる。[森毅『指数・対数のはなし』, 1989, 東京図書, p.7]

数学の通俗本がいかに独りよがりの「わかりやすさ」という妄想のもとに書かれているかという実例をご覧いただく。これを読んで奇妙な印象が残らない方は、もう僕の議論に付き合わなくてもいい。どのみち君は、僕には理解不能な「数学的センス」と呼ばれる超能力をもつ別の知的生命体なのだろう。

もちろん想像するに、数学者、あるいは厳密に言葉を使う人にしてみれば、「2倍近く」というのは n < 2 のことを言っているのだから、2.2 < 2 などというのは間違いだと著者は言いたいのかもしれない。しかし、「2倍近く」は「前後2」という意味でも使う人がいる。少なくとも、僕はこういう意味合いで n < 2 の値を「2倍近い」と表現して、数学の教員から訂正されたことは一度もない。これでも高校時代は数理科学部の部長で毎日のように数学研究室に出入りしていたし、学部は法律学科だが教養部の数学教員(在日の方で、ご自宅が僕と同じく大阪市生野区だった)と親しくしてもらっていた。

ちなみに、本書は指数や対数について書かれた通俗本だ。そして、少なくとも僕は、この本では全く対数についての漠然とした不可解さが解消できなかった。MD でも書いた話だが、「左辺だけの計算で右辺が出てこない」という、指数の計算とは決定的に異なる仕方でいくら説明されても、^^log_2 8^^ は2を3乗して8という「回答が先に与えられている」ようにしか見えないのである。既に「8」という数を知っているなら、なんでそれが2の何乗になっているかなどという些末な補足情報を知る必要があろうか。われわれは「8」という回答をそのまま次の計算に使えばいいのであって、何回だけ演算したかなどという、自然界に存在しない「掛け算した回数」などという無用のものを扱う必要はなかろうと思ってしまうのだ。

もちろん、これが錯覚であることは分かっているけれど、高校から大学、あるいは森氏のような通俗本の著者も含めて、これがどうして錯覚なのかを誰も説明しようとしない。ということは、こういう錯覚を起こしている生徒や学生が(少なくともここに)いるということが分かっていないのだ。

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