Scribble at 2024-01-26 18:54:17 Last modified: 2024-01-27 10:45:48

そういや、論理学の教育についてカンファレンスがあったというけれど、そもそも社会科学の話題として論理学の教育にどういう効用が「あった」のかという研究の蓄積があるんだろうかと思う。いや、だって、論理学って日本の大学では半世紀以上に渡って教えてるじゃん。そら、その昔は三段論法だけとか、あるいは弁証法を教えてた人もいただろうけど、多くの四年制大学の教養課程で記号論理を(理学部系でなくとも)教えるようになって久しい。それの効用について、効用があればどうやって測ったり評価できるのかという話をしておかないと、これからの教育を議論しても殆ど当てずっぽうか個人的な願望を語るだけになると思うんだよね。まぁ人文・社会系の教育ではありがちだけど。なんせ、教育学そのものが個々の教員の経験談を超えるものではなく、殆ど学問としての体系もなければ厳密さもない。何度か言ってるけど、社会学が社会心理学や文化人類学に吸収されるよりも前に、教育学が社会科学としては消滅するような気もするけどね。「教師」という具体的な職業があるから学問の体をかろうじて保っているにすぎないと思う。そんなことに加えて、大学教員というのは教育や指導方法なんて全く勉強してない、いわば素人集団だ。いまでは東大や京大の学生なんて大半が金持ちのガキだから、塾や家庭教師でアルバイトしたことすらないだろう。なので、いま述べた二つの点をクリアしない限り、そういうテーマで喋るのは、僕に言わせればプロパーの茶飲み話にすぎないね。

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