Scribble at 2024-01-26 17:56:15 Last modified: 2024-01-26 19:09:59
本日はジュンク堂で須恵器や渡来人・帰化人と馬の本、それから因果推論の翻訳がたくさん出ているのを眺めたり、論理回路の棚で LSpice だ FPGA だ VHDL だという本を眺めていた。そういや新しく映像系の人物が情報の哲学についての通俗本を出していて、アメリカで勉強してきたのだから当然かもしれないが、情報の分析哲学というのをやるそうな。もう僕はこんなの全く信じてないけどね。ここ50年くらい、「分析哲学」と称していながら、本当に言語分析や論理形式の分析をやった人間なんて、殆どいないからだ。代わりに何をやってるかと言えば、概念工学だ概念分析だと言って、誰も実証も反証もできないような現代のスコラ学をやっているにすぎない。嘘つきというか、典型的な自己欺瞞だよな。
で、科学哲学のサイトなのに変な言い方になるが、そういう些事はどうでもよろしい。そんなこんなで、色々と見て回ったのだが、結局は上に御紹介している近藤義郎氏の『前方後円墳の時代』をやっと手に入れた。もちろん、元考古学少年としての関心もあるし、それからこちらでは初めて書くと思うが、東大阪市に住んでいたときに何度も通った東大阪市立郷土博物館(閉館)と周囲に展開している山畑古墳群について、いま改めて調べていて、山畑古墳群のサイトを公開する準備をしているという事情もあって、こうした古代史の体系的な見通しを与えるような本は幾つか目を通しておく方がよいと考えたわけである。
近藤義郎氏は岡山大学を中心に活動されていた古墳時代の重鎮の一人だった人物で、かつては月の輪古墳という岡山の古墳の発掘調査に地元の人々を巻き込んで、今で言う public archaeology のようなことをやったこともある。ただ、自分の学説に対する異論は簡単に無視するようなところがあり、この本が岩波から出ていることでも分かるように、日本共産党系の発想が最後まで抜けきらなかったという限界がある。そのへんは、『赤旗』とかにも寄稿していながら左翼とは一定の距離を置き続けた森(匡史じゃなくて浩一)先生とはかなり毛色が異なる。
森先生も「町人学問」という言葉を使って、近藤氏と同じくアマチュアの功績を是々非々で評価する人物であったが(もちろん、日本考古学の研究史に詳しい方であれば、森先生が九州大学の「悪い権威主義」に対して原田大六氏という在野の研究者を擁護した話をご存知であろう)、岡山大学が中心になって出来上がった考古学の研究団体である、考古学研究会には殆どコミットしようとしなかったことでも分かるように、森先生は近藤氏らとも一定の距離を置いていたことが分かる。彼らの著作を読むと、それぞれ全く引用もせずにお互いに無視していたわけではないのだが、ほぼ自著の中では参考文献表以外でお互いに名前を出した試しがないのではないか。とは言っても、この『前方後円墳の時代』という著作物は、内容の可否あるいは著者の人柄がどうであれ、その扱っているテーマの広さなり採用しているアプローチや切り口については学ぶべきことが多く、もちろん僕は考古学では「森浩一門下」ではあったが、そういうくだらない学閥はともかく、この本は日本の考古学が達成した一つの大きな業績を表すものと言ってよいと思う。
ただ、やはり僕は森先生と同じで、考古学はいまだに当時の政治制度や政権の実態などについて学説として推論するまでの史料の蓄積が不足していて、しかも限られた史料から妥当な推測や推定を述べるための有力なメソッドも確立していないと思う。よって、こういう著作はおおいに参考にはなるけれど、ここに書かれていることから出発して古代史を語るというのは、はっきり言って素人がやることだと思う。
これは、恐らく当サイトのしかもこういう落書きをわざわざご覧のプロパーであれば説明するまでもないと思うが、素人によくある無知というか錯覚の典型として、本というものをいきなり何の構想や準備もなしに、和歌を詠むように原稿用紙や WORD に書いたりタイプし始めるものだという思い込みがあったりする。それこそ、コタツ記事のライターとか、役場に言いがかりをつけてはブログに記事を書いているキチガイ主婦みたいな連中と同じで、自分が思ってることや体験したことを単に書けば「著書」が出来上がり、そしておもむろに書き始めるだけの知識や素養をもつのが学者とか研究者だと思ってるらしい。したがって、こういう歴史や考古学についての推論もまた、いきなり「この古墳は誰それの墓であろう」とか、「邪馬台国はどこであったろう」とか、「だれだれ氏はどこに勢力をもっていた」とか、そんなことを単なる古代のロマンなんていう未熟な人間に特有の妄想によって書き殴ることと同一視してしまう。よって、学術研究者、特に歴史や考古学の研究者は、あまりうかつにそういう巨大なテーマとか論争の多いテーマ、あるいは史料が乏しくて作家や素人や学卒新聞記者とかが簡単に「古代史ファン」を名乗ってデタラメなことを書いては「自説」などと称する傾向を助長するような本を書くのはいかがなものか、というのが森先生のスタンスであった。よって、あれだけ人気があって著書も多い考古学者でありながら、たとえば邪馬台国に関わる本は殆どないと言ってもいい(まぁ弥生時代の専門家ではないから当たり前と言えばそうだが)し、専門の古墳時代や古代史についても、当時の政権とか政治制度を大づかみに語るような著書も殆どないのである。もっと言えば、これは場合によっては森先生に失礼な話かもしれないが、森先生はそういう大掴みな話を、松本清張氏のような作家あるいは物書きに仮託するというか代弁してもらっていたようなところがあるのではないかと思う。
もちろん、個人として何か想像するところはあったろうと思う。それはいいけれど、公に書くべきかどうかは別の問題だ。しかも、その当時のナウい流行思想を使って、近藤氏のように、やれ古代の階級闘争だの、上部構造だのという真っ赤っ赤な話をして共産党や岩波書店を喜ばせたところで、考古学としては何の価値もない。もちろん、そういう推測が正しい可能性だってあるが、それはスマホ・ゲームで SSR のキャラが出るのと同じ話でしかない。それは、学問ではない。