Scribble at 2023-12-05 18:10:16 Last modified: 2023-12-05 21:58:24
さきほど MarkupDancing の方で高校の「情報I」の教科書について、あいかわらず数学者や情報科学の研究者は非論理的で拙劣な文章しか書けない人が多いと指摘したわけだが、この渕野氏は例外的に丁寧で正確な文章を書く方だ。デーデキントの翻訳に付けられた、過剰とすら言えるほど充実した付録にしても、凡百の数学者や数学教師を圧倒している。僕は、受験参考書の業界では論理的な文章を書く人物として知られている長岡亮介氏の文章ですら大して感心するほどの内容ではないと思ったが(まだ赤チャートの方が的確な記述が多いとすら思った)、渕野氏の著作、それから彼のウェブサイトで読める幾つかの文章には圧倒された。以前も書いたように、渕野氏が神戸大学に赴任されたのは僕が中退した後だったが、もし僕が在籍していた当時におられたら授業を聴きに行っていたと思う。
ということで、さきほど出社したときにジュンク堂で見つけた渕野氏の線形代数の教科書である。ほぼ高校レベルから始まっているが、丁寧に筋道が展開されていて、敬服するべき厳密さと明快さで論述されている。科学哲学のテキストを書くという想定でも参考になる著作だ。あと細かい話だが、いまどきの出版物(特に教科書)では珍しくなった栞の紐(スピン)が付いているのは、本書が単なる教科書というだけでなく、読むに値する著作物であることの暗示でもあろうかと思う。竹尾先生流に言えば、これも「美しい仕事」の一つと言えるように思う。正直、このところ宇宙際タイヒミュラー理論の解説で有名になった人物が手掛ける参考書(なぜか赤チャートよりもレベルが低いとしか思えない)など、相変わらず日本の理数系出版社は勉強する気も素養もない人々に「わかりやすい」本を書いて学問が要求するレベルへの下方圧力を強化するという愚行を続けており、大学生の教養は下がる一方である。これに対する一つの問いかけが本書であり、僕は日本の理数系出版社が本書のような著作物を目指さない限り知的地盤沈下は避けられず、この国はアダルト・ビデオとエロアニメを量産するだけの風俗国家に成り下がると思う。そのような産業の技術的な下支えをするためだけに、理数系の若者が通信・情報産業に就職するような国となるであろう。
ちなみに、本の下にあるノンアルのビールには特に意味はない。帰宅する途中に、これも買ってきたというだけのことである。