Scribble at 2023-10-22 22:09:00 Last modified: 2023-10-23 21:05:45

当サイトへアクセスできる境遇の人というのは、要するにスマートフォンなりパソコンを購入できて、インターネット接続の加入契約を安定して維持できて、それから科学哲学なんていう特殊なテーマのサイトにアクセスするだけの動機や暇があるという条件を満たす人物であろう。ここで重要なのは、別に学歴とか社会的な地位はなんにも問うていないという事実だ。これは、どれほど僕の書いていることに反感を持っているであろう国内の大勢の哲学プロパーであろうと(なにせ、博士号すらもってないアマチュアに無能呼ばわりやクズ物書き呼ばわりされているのだから、たとえアイビーリーグの博士号をもっていても哲学的には無能というお歴々には、皮肉も込めて心中お察しするね)、いちおうは同意してもらえるだろうと思う。そして、もしそういう境遇に預かれるための条件として、たとえば生活保護では全く不足しているような年収が必要であったとすれば、おそらく僕はこのサイトを運営する必要を感じていないだろうと思う。

金持ちは、勝手に自分で苦労して勉強すれば良いのであって、なんで僕らが何年もかけて学んだことを代わりに翻訳したり解説しなきゃいけないのかというわけである。学問は、情報アクセスという単純な問題を解決するためのショートカットを共有する作業なんかではない。古典を読むという作業が常にいつの時代でも求められたり意義があると言われたり、そして実際に色々な効用があるという事実でも分かるように、誰かが代わりにやるわけにはいかないのである。もし当サイトが、因果関係の哲学とか科学哲学について、いまアメリカで大流行しているレポートの借用サービスや学位論文の代筆サービスのようなものと同じていどにしか初心者や市井の人々にとって役割を果たさないようなものであれば、そんなことになんで僕のような(学問はもちろん仕事でも大きな期待なり責任を背負っているレベルの)人間が、いちいち時間を使ってウェブ・ページなど作成したり公開しなくてはいけないのか。しかも無償で。

もちろん、これは損得の話ではない。いくら無能でも博士号をもつていどに勉強したなら君らでも分かるだろうと思うが、そもそも学術研究というのは、誰かに代わりにやってもらうようなことでもなければ、誰かがヒントになるような文章や本を書いてくれるのを待つようなことでもないのである。もし、当サイトのようなコンテンツがそういう飴玉をしゃぶるしか能がないようなバカやインチキ学生を相手にする他にないなら、もちろんそんなことは願い下げである。少なくとも、こちらは閉鎖して MarkupDancing で暇なときだけ趣味の記事を掲載したり、ここで書いていることもあちらで書けばいいだけの話であろう。

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