Scribble at 2023-07-19 16:41:55 Last modified: 2023-07-19 16:54:50
ウェブサイトの制作にかかわるディレクションなんて、実際のところ専門学校生レベルのスキルや知識すらないくせに、いきなりコンサルと称して、いまどき SEO だ、コンテンツ・マーケティングだと売り込むなんていう商売を始めようとする人が絶えない。具体的な人物を念頭に置いて書いているのだが、もちろんトラブルは避けたいし、既に退職した人間なので、多くは言わない。
もちろん、よく言えば「情報の非対称性を利用したビジネス」というわけだが、実情は「田舎の情弱から金を巻き上げるチンピラ商売」だ。よく、クソ田舎で「IT お助け隊」だの「パソコン・レスキュー」だのと称して、高齢者や地方自治体や教育機関の不勉強な人々を相手に商売しているギョーシャ(出入り業者)というやつでもある。もちろん、たいていは相手の無知や不勉強につけこんで商売しているため、属人的な人間関係だけでしか食っていけない。なので、そういう商売は基本的に当人らの人間関係によってしか事業継続性を担保できないため、相当なレベルで癒着が必須となる。表に現れないだけで、たぶん夥しい数の都道府県や市町村の単位で、そうした業者と「IT担当者」なり「情報システム担当者」との癒着があると思う。そして、そういうことでしか食っていけない、中途半端なスキルや知識をもつ自称「ITコンサル」とか自称「システム・エンジニア」とかが、この国にはたくさんいる。
もちろん、限度の問題はあると思うが、そういう人々を排除し尽くすなんて無理であるし、やるべきでもない。そういう連中を見つけるだけで無駄な工数がかかるので、市民オンブスマンでも動かない限りは、あるていど放置するしかないだろう。しょせん、われわれのようなナショナル・クライアント案件を担うレベルのエンジニアやデザイナーなんて(たとえ一流の部類ではなくとも)一握りの人間なのであり、コンピュータが扱えるだけの凡人を排除しても、日本の上空から空気を除去するなどという愚かな話と同じである。いくら取り除いても、毎年のように HAL だのデジハリだのを卒業した凡庸な連中が、プログラマだデザイナーだと言っては就職してきて、その大半が凡庸であるがゆえに数年もすればフリーやクラウド・ワーカーとして野山へ散っていくわけだ。一部は、仕事に疲れて長野県でパン屋や農家でも始めたりする。
人類から凡庸な人間を排除していけばハッピーになるなんて話は、どだい間違っているのだ。しかし、凡庸な人間はともかく、無能は排除しないといけない。もちろん、殺すとか刑務所に入れるという意味ではなく、その仕事に特化した技能や知識や経験が求められるべき人を優先して割り当てるべきなのであって、その仕事についての知識や経験や技能がない者が何らかの馬鹿げた不合理な理由で割り当てられているのは、端的に言って効率や社会正義に反している。もちろん、ここでも凡庸さは許容されていいが、無能まで許容するのは、いい人ぶってインクルーシブなどと御託を口にする人は増えているようだが、やはり長期的には間違いだと思う。そして、これは特に左翼の批評を怖がって都内の哲学プロパーは居酒屋ですら口にできないと思うが、この基準は身体障害者やメンタルヘルスの患者にも適用されなくてはならない。こう書くだけで差別だと脊髄反射する人もいそうだが、それこそ身体障害者の「有能な」人々を馬鹿にして、無条件に障害者というだけで下駄を履かせておけば「優しい人」で PC 的にも正しくダイバーシティに見合ったスタンスだと思ってもらえるという、都内のインチキ左翼やインチキ倫理学の走狗と言えよう。もちろん、評価や基準の設定にあたって、腕が一本しかない人に腕を二本とも使うような課題を課したり、視覚障害者に「右にあるのは何ですか」と問うなどという馬鹿げたことはしない。ハンディキャップはそれとして正確に評価の偏りが生じないようにするのが、合理的な配慮というものだ。