Scribble at 2022-10-25 09:33:52 Last modified: 2022-10-26 11:31:16

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I do not have a proof, but I’m fairly confident I stumbled upon an early example of a monetized machine-generated book. It no longer ranks highly on Amazon and it’s been stripped of its hundreds of fake reviews, but I bet it served its purpose back in the day.

Fake books

先日も紹介したように、海外でもメモ帳を書籍と称して販売するスパムとか、クズ素人の自費出版など Amazon に出品されているガラクタの話は色々とある。上記は、恐らく適当に「スクレイパー」と呼ばれるロボットに回収させたテキスト・データを出鱈目に組み合わせて執筆された出版物の事例であろう。日本語の電子書籍で、そのようなものがあるのかどうかは知らない。僕はアマゾンで日本語で書かれた哲学の書籍なんて一冊も見ないからだ。

馬鹿に限って「読まずに批判してはいけない」などと小学生の学級委員みたいな寝言を言うわけだが、世の中には正統な権威主義というものがあり、一瞥もせずに捨てたり燃やしてよい本というものがあるのだ。これは、単なる「思惟の経済」といった開き直りではなく、学術というスキルや何らかの評価基準について厳密さや明証性を維持したり確立するための防衛なり対策として社会が要求する知恵の一種なのだ。よって、元ゲーム・デザイナーや SE の多読家といった、編集工学おじさんの業界利害関係上の孫どもが科学哲学や現象学やフーコーの猿真似で何を書こうと、小平の英雄が何をしようと、龍谷大学のブ男が何を書こうと、われわれ哲学者にとっては全くの些事に過ぎないし、そんなものが何にどう影響しようと知ったことではないからだ。哲学者、なかんずく哲学の使命は、雑本を書いて販売することでもないし、政府の特別委員会に入って箔をつけたり学部長になることでもなければ、講談社や岩波書店の編集者から「知の巨人」と呼んでもらうことでもあるまい。

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