Scribble at 2022-07-17 12:54:17 Last modified: 2022-07-17 12:57:14
[雑な議論をしているので、もともとは MarkupDancing で7月13日に公開した記事だったが、話題としてはこちらで公開したほうがよいと判断して、記事を移植した。]
まず、現在の技術で「マインド・アップローディング」なんてものは全く不可能である。これは認めよう。そしてさらに、技術がこれからも進展するとしても克服するべき課題が大きいという点も認めるべきだ。たとえば、三次元で配置された微小な物体(つまり僕らの脳の神経細胞やグリア細胞など、脳にある一切合切)を、同時に全てスキャンして記録するようなセンサーや測定手法やストレージが必要だ。原子や分子の単位ではなくとも、細胞が機能的にとりうる幾つかの状態でどれに当たるかさえ測定できればいいとしても、細胞一つにセンサーを一つ対応させて、同時に測定するなんてことは現実的ではない。360°の周囲から脳全体で900億個に迫るセンサーで取り囲むなんて、それこそ脳細胞の大きさくらいに小さくしたセンサーを開発する必要があろう。あるいは、1個のセンサーで複数の脳細胞をスキャンするとしても、1個目をスキャンしてデータをストレージに記録するプロセスにデータを引き渡してから、次の細胞をスキャンするまでの間に、機能的にとりうる範囲での細胞のステータスが変化してしまってはいけない。だが、他の細胞から影響を排除できない(そういう侵襲的な測定が、何のリスクもないどころか脳神経科学の観点で安全に実行できるとは思えない)以上は、脳神経のステータスが変わる間隔よりも短い間隔で測定を終える必要があろう。というか、そんな膨大な数の部品が全く故障しないなんてことはありえないのであって、何かしらエラーを補正する仕組みも必要だろう。
そこで、次にアップロード待望派というべき人々が期待するのは、「コア」だけでいいという根拠の不明な議論である。つまり、その人の自意識なり人格を形成する「コア」のような部分だけをスキャンできれば、アップロード先で再構成された〈わたし〉は、そこから派生する性格とか感情、あるいは「コア」に強弱はあれ結びついている記憶が元々の脳で形成されていた結果と異なるにしても、そんな細かいことはどうでもいいという話である。死んでしまって自分の意識が消滅してしまうよりは絶対にマシだというわけなのだろう。
でも、そういうデータ転送はただの「コピペ」でしかないという問題が残る。〈僕ら自身〉がストレージに何らかの意味で(multiple realizability を認めるとして)「移動」するわけではない。よって、そんな技術が確立されようと、コピーだけが残り、僕ら自身が死んでしまう運命には何の違いもない。そして次に、そういうデータ転送がコピーだろうと移動だろうと、転送先で活動しはじめる「何か」にとって、それがオリジナルからの〈正当な〉コピーや移動であるかどうかを、試験段階であろうと机上の理論であろうと、どうやって保証するのかという基準がない。Windows のエクスプローラでファイルを別のフォルダへコピーした場合、たいていはファイルがコピー先で壊れたり内容に違いが生じていないかどうかなんて気にしないが、自分の意識に関しては誰でも気になるだろう。仮に転送先がコピーだったとして、僕らは転送先で活動しはじめた自分のコピーの反応を眺めて、〈その人物〉が自分の何らかの意味で〈正しい〉コピーであると納得できる基準を持っているだろうか。
上記の記事で答えている研究者は、最初は昆虫でテストしてゆくと言っているが、昆虫は、それこそ「カマキリであるとはどういうことか?」なんて自意識をもっているのだろうか。それがなければ、〈彼女〉が転送先で再構築された〈彼女〉と同じであるかどうかを判断できる客観的な基準があるとしなくてはいけないが、その基準が〈自分自身の〉主観的な経験に照らして正しいかどうかを僕らが判断するのでない限り、全ての基準を他人に委ねるしかなくなる。カマキリはそんなことに興味はない(オスを食べる方が楽しい)だろうが、僕らにとっては重大なポイントだ。それでも、死ぬよりはマシだろうか? それは何とも言えない。もしかすると、そんな基準で再構築されてしまえば、主観的には死んだも同然かもしれないからだ。