Scribble at 2021-12-07 16:34:27 Last modified: 2021-12-07 18:36:28

そろそろ大きな話題になりつつあるようだが、いまでは色々なパターンが指摘されて exhaustive な教科書なんて誰も満足に書けないとすら言われる認知バイアスは、その多くが十分な実験ないし実証的なデータや再現性に乏しい、はっきり言えば針小棒大も甚だしいものが多いという。あの有名なスタンフォード実験から、ダニエル・カーネマンが Thinking, Fast and Slow で紹介した(そして彼がノベール賞を受ける理由ともなった)プロスペクト理論(社会的プライミング)といったものまで、実は大して強い証拠などなく再現性も低いということが分かってきた。

よって、こうした議論をコピペして哲学っぽい話をたまに書いている池田信夫君を始めとするブロガー(学者とは思わない。どこに論文を accept された実績があるのやら)まで、足元をすくわれる影響は広い。もちろん、これに関連して〈無知は身を滅ぼす系〉の脅迫を重ねてきた日本の著者や出版社にとっても、もうこんな本が続々と売れるとは限らなくなるので大変だ(棒読み)。なにせ、読めば読むほど偏見を身につけるかもしれないという、読書することへの不安を消費者に与えてしまったのである。またぞろ、お決まりの反知性主義をカジュアルに書いては凡俗の称賛を受ける物書きが続々と現れるのであろう。

アメリカのように科学ライターを育てるしくみがあるようなところですら、そういう紙くずの類がキャッチーな内容と貧弱な論拠だけでバラ撒かれる。それこそ、僕が指摘しているように、哲学プロパーこそが哲学を自分自身の生き方や考え方について誠実かつ愚直かつ丁寧に apply していないという話と近いものがあろう。ただ、心理学や教育学や社会学といった学術としての積み上げが未熟な分野の成果を都合よく利用するだけで経済学がどうにかなるという、たいていは左翼やネオコンといったイデオロギーがあった上でのスケベ根性も非難に値する。それはそもそも、ミクロ経済学では、消費者や経営者の「判断」や「学習」といった、既にそれ自体が心理学的な領域にある話題を、微分方程式かイデオロギーで経済を語るような数学バカやイデオロギーバカのどちらも、人間をまともに扱えずにいたという事情が最大の原因だった。それを考えると、アダム・スミスのような人物の業績は、やはり改めて称賛に値する。

なお、こういうことを書いているからといってクリシンや社会心理学や認知バイアスについて無条件に軽視する必要はない。たとえば、生存バイアスや系統的錯誤のような話題は、リテラシー教育として中高生に教える機会を増やすべきだと思う。

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