Scribble at 2021-12-06 10:11:34 Last modified: 2021-12-06 10:19:44

事務作業ていどができるコンピュータを買えて、インターネット回線の利用料金を払えるなら、既に何年も前からの話だが、学生やアマチュアが一生かかっても読みきれないだけの、あらゆる分野のテキストや学術雑誌が無料で手に入る時代だ。もっとも、それらテキストの大半は英語で書かれているため、それなりに英語の勉強をしないと、手に入るとは言っても大量の PDF ファイルをストレージへ貯め込むだけでは無意味であり、それらの価値を享受できない。しかし、逆に言えば(真面目に勉強して、行こうと思えば修士に進めるていどの)大卒に相当する英語の運用能力さえ積み上げたら、後は辞書を引くなりして、時間はかかっても自力でなんとかなる。

もちろん、多くのプロパーが指摘してきたように、大学教育なりコミュニティの価値もある。そして、そういう状況で集めた PDF を「自力でなんとか」読んでいるだけでは独りよがりな理解に陥る可能性があり、その実例はオンラインでものを(ここでこうして)書いている多数のアマチュアが、わざわざ自分たち自身で実証してくれている。ちなみに、自分たちはそうではないと言い張る「独立研究者」とか「在野研究者」といった自意識プレイのミュージシャンが数年前から醜悪な演奏を出版業界で繰り広げているものの、結局のところ何の学術研究で成果を上げたのかという単純な問いへ明快に答えられる人間が一人もいないという事実で、そうした〈アカデミックなちんどん屋〉とか〈素性の変わった乱読家や蘊蓄垂れ〉どもの実態など検証する手間もいらずに判断できる。

しかし、個々の人々が自分の見識として学ぶのに当たって、あらゆる分野について高等教育機関の門をくぐるべきだというのが、愚かな議論であることくらい誰にでも分かる。分子生物学に関心をもってニック・レーンの著作を読んだり大学のテキストを通読するだけでは、もちろん不十分だろうし理解が間違っていたり偏っている可能性はあろう。しかし、何事かに興味をもつたびに大学の社会人試験を受ける暇やお金など誰にもない。そうしたリスクは、もちろんプロパーにすらあるわけだが、だからといって高等教育やコミュニティでのピア・レビューを過大評価するべきでもない。科学や哲学の営為も含めた社会とは、そういうものだけで成り立っていたり動くものではないからだ。

個人の見識として、不十分だろうと理解不足だろうと偏っていようと間違いだろうと、ひとまず一定の分量でテキストを通読したり物事を学んだという小さな事実を積み上げるていどのことでも、それを凡人がやるのとやらないのとでは大きな違いになる。そして、こういう積み上げを軽視して大学に入りさえすればいいとか「熟議」などという牧歌的で誰もが実行できるわけでもなんでもないことを想定して、知識や知恵の成立や発見や共有や進展について、雑でしかも間違った理解をしているからこそ、出版社やプロパーが実行している未熟なアウトリーチや教育というものは、ただの偶然に期待することでしか後世に影響を残せないのである。結局、「出版活動」とか「教育」というものを、本気で考えたことが一度もない人間が書籍を編集したり大学でシラバスを作っているのだろう。

よって、市中のアマチュアや大学・高校生には、何か興味のある分野とかテーマを見つけたら、海賊版でもなんでもいいので PDF を手に入れて実際にどしどし読むことを勧めたい。英語だが。無料で大学のテキストが手に入る手段なんて、少し調べたら幾らでも簡単に見つけられる。著者が大学のサイトで無料で(もちろん合法に)公開している旧版のテキストなど、既に殆どの研究分野にある。もちろんオープン・アクセスで出版されているテキストもたくさんある。加えて、違法ながら PDF や ePub などのフォーマットで公開されているテキストも多い(数年ごとに法的な問題を問われてサイトは閉鎖されるが、また違うサイトが出来るイタチごっこの状態だ)。

正直に言えば、大学のテキストはともかくとして、専門家が手に取るような学術研究書の類は、海賊版で PDF が出回っていようと出版社や著者の権益に殆どインパクトはない。もともと、そのような本は大学図書館や同じプロパーだけが購入するという前提で予算を組んで発行されており、Springer の専門書を高校生や大学生が世界中でせっせと買っている(それゆえ海賊版があると高校生に売れる筈の我々の本が売れなくなる!)なんて、誰も思って出版などしていない。というか、そんなマーケティングを前提に本を発行している出版社は、編集者であるよりも前に企業人として無能が経営しているのだから、さっさと市場から消えてしまえばいい。

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