Scribble at 2021-11-28 09:14:09 Last modified: 2021-11-28 09:22:10

かつてアルヴィン・トフラーという人物は、現代の文盲とは読み書きできない人を指すのではなく、過去から学んだり学習し続けない人を指すようになるだろうと言った。この提言、あるいはトフラーが未来学者であったことから〈ベタ〉に予言と呼んでもいいだろうし、未来学者やコンサルタントやアナリストといった人々が、或る種の「観測気球班」や道化師としての牽制役を担わされているという意味では、別の慇懃無礼かもしれない呼び方をした方が社会科学的に正確なのかもしれないが、それはそれで別の議論へ踏み入ることとなるため、よしておこう。

何にせよ、トフラーの提言は、或る意味では正しく、そして或る意味では間違っている。

まず間違った提言として解釈できる理由は、実際のところ読み書きできるていどのことで人は的確なコミュニケーションなどできてはいないからだ。それは、21世紀の先進国ですら膨大な人数のバカが Twitter や Facebook でご丁寧に自己紹介してくれたり、数々の犯罪を起こしているのを見れば分かるだろう。平仮名や第二水準の漢字を運用できるというだけでは知性にとって十分でもないし、実は文字を読んだり書けたりするというだけのことなら必要条件でもなかったりするのだ。更に、読み書きという(述べたように知性にとっての必要条件ですらない)矮小な要件に固執したとしても、まだ世界中に読み書きの教育を受けていない人は数多くいる。そしてとりわけ、経済的に貧しいというだけではなく、特定の宗教や価値観の強い地域では、性別や民族や居住地域によって高等教育どころか初等教育の機会すら満足に得られない状況が維持されている。過去に学ぶどころか「学ぶ」こと自体を禁止されている人々や、諦めなくてはいけない人々が多くいるのだから、現代だろうと未来だろうと何もしなければ従来の文盲と呼ばれるような人々は減らないわけで、トフラーの提言は(ネオコンが彼を崇拝する理由にもなっているとおり)格差をわざわざ新しく作り出して、しかも格差における低層を隠蔽するものでしかなくなる。

次に、それでもトフラーの提言が正しいと解釈できる見方もあって、それはリテラシーを含めて人が社会的な環境で生活を営むために必要な知恵や慣習は、単に読み書きできるといったことで十分なのではないという、descriptive でありながらも「発展」という含意をもつがゆえに normative なニュアンスを含んでいるからだ。未来を予測するという営みは、もちろん事実から未来のありうるべき事実を予想するものでなくてはならず、「こうならいいな」と言いながら粘土で宇宙防衛軍の基地を作るような子供の妄想ではないはずだ。しかし、ありうるべき事実が現在の我々が選択する方針や方法によって複数の未来として予測できるなら、その事実のどれを人類にとって望むべき相応しい未来として選ぶかは、それぞれの人物に委ねられている。よって、彼の推測は、ただの機械的な推論に必要な前提をトフラーがどれほど知っているかというだけの問題でもない。したがって、リテラシーとは読み書き〈だけにとどまらない〉という点では descriptive でありながらも、その先に何があって、われわれはどれを選ぶべきであるかという点では normative な提言をトフラーは述べていると言ってよい。そして、彼が読み書きの次に過去から学ぶことや学び続けることを強調している点は、正しいと思う。

考えてもみれば、われわれは過去の人々の成果を、大袈裟に言えば殆ど無視して生活したりものを考えている。そして、それどころか学術研究の分野ですら、過去の圧倒的な分量の成果を無視しているか十分に〈受け止めていない〉と言ってもいい。ここで〈受け止める〉という曖昧な表現を使っているのは、何も過去の成果を全体として一人の人間がサヴァン症候群の患者みたいに正確に記憶したり、あるいは例によって〈誰それの全体像〉なるお化けと悪魔合体しろなどと言っているわけではないからだ。そういう、物理的・生理的に不可能であるばかりか、おそらくは論理的にも遺漏や矛盾なく概念として把握できないような、記号として流通させるだけでみんなが恋い焦がれる坂道アイドルみたいな、それこそ idol などというものを求めたところで、自己欺瞞や自己催眠を「哲学」や「思想」と呼ぶなら好きにすればいいが、僕が思うに哲学として得るものはない。そういう虚像を川口探検隊のように追いかける姿を、勁草書房や岩波書店から本を出して他人様へ見せびらかそうと、そんなものは言葉と観念によるストリップ・ショーにすぎない。これは全く簡単な話であって、当該の人物なり著作に関するただの不勉強を、「全体像を掴み得ていない」などと華麗に言っているだけのことなのだ。

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