Scribble at 2021-08-23 09:16:28 Last modified: 2021-08-25 11:56:48
[お断り:僕が在籍する会社とは関係のない話なのだが、当社の代表も経営者として本を書いているため、安易な誤解を招かないよう、MD ではなくこちらで公開する。]
MD で展開した議論を再び展開してみる。〈巨大な業績〉を上げた会社の経営者が書いたと称する本を読む場合には、幾つかの注意を要する。僕は、そういう本を読むなとは言っていない。そういう本を読むことが、一概に単なる暇潰しどころか害悪だとは思わない。しかし、それらを「ビジネス書」の一種だとして自分の仕事や生き方や考え方の参考にしたいというなら、それなりに慎重な態度で読むべきだと言いたい。既に述べたように、はっきりした理由は二つある。
一つは、多くの自叙伝あるいは「経営戦略」とやらを披瀝する本は、実際にはゴースト・ライターが書いていて、経営者自身が書いてはいないということ。ゴースト・ライターの多くは、社内の広報課で PR 誌を担当している人物だったり、出版社に雇われている専門のライターだったりする。ときとして経営者の肉親(妻や子供など)が本人の傍で見聞きした記憶や印象をもつという強みを使ってゴースト・ライターとなることもあるが、それは稀である。何にせよ、そういう経営書や自叙伝には脚色が多く、必ずしも本人が言わんとしていたことを正確に表現しているとは限らないし、たいていの経営者は(名言を捻り出したり優れた質問ができる人物ではあろうと)書籍執筆の素人なので、そもそも自分が言わんとしていることを正確に自ら表現できるわけでもない。したがって、仮に出版する前に本人が査読していたとしても、ゴースト・ライターに書いてもらった内容が〈良い〉内容であればあるほど、それが正確であろうとなかろうと出版を許可してしまうものである。
そしてもう一つは、ゴースト・ライターを使っていようと本人が書いたのであろうと、経営本には〈ほんとうのこと〉を書いているわけがないという致命的な欠点がある。
・これこれの経営方針は3人めの愛人の部屋で会話していて思いついた。
・この施策を許可したのは、某社とのバーターだった。
・当社は採用した施策が軌道に乗るまでのあいだ、さまざまな方法で脱税していた。
・当社の売上が伸びたのは、ヤクザの代理人が大量の空発注をかけて売上を増やしたからだ。
こんな実態が仮にあったとして、そしてこういう事情こそが業績の伸び始めた主たる原因だったとしても、当事者が書くわけもあるまい。
『ビジョナリー・カンパニー』であれ『エクセレント・カンパニー』であれ何であれ、たいていの経営書で称賛された企業が5年も経たずに不祥事を起こしたり業績が傾くという事実から言えるのは、〈そういう本を経営学者に書かせるというプロモーション〉へ、学者やライターが無自覚あるいは意図して加担しているとしか思えないということだ。もちろん、著者である学者や経営コンサルは読者を騙そうとしているわけではないのだろう。また、彼ら経営学者やライターが、その本で賞賛した企業の株を持っているかどうかを調べたジャーナリストはいないが、恐らく間接的・脱法的な株価操作を意図して本を書いているわけでもあるまい。しかし、そもそもが〈詳しく取材させてくれた企業についてしかものを書けない〉という当たり前の理屈から言って、なぜ企業が「内情」や「成功の秘密」を外部の人間にわざわざ公表しようとするのかという、高校生でも疑うようなリテラシー感覚を持ち、彼らの言っていることにどのていど真実味があるかを推定することは、少なくとも社会科学の学術研究者として当然だろう。そして、そういう当然の判断力をもっていれば、こう言っては失礼かもしれないが、たかだか100年続いたていどの企業を褒め称えるような本を書けるとは思えないのである(企業人として言えば敬服に値するが、しかし哲学者としての尺度で言えば些末な話でしかない)。
企業がこうした経営コンサルや経営学者に会社の内情を話すのは、おおよそ著作が出版されるよりも何年か前である。業績が伸びている最中の経営者が書く自慢話や、日経やブルームバーグあたりの記者に取材させた〈お手盛り〉の本でもない限り、マッキンゼーのコンサルやハーヴァードの研究者が昨日や今日の面談で聞いた話を、いくらその場で公表してもよいと許可されたからといって、まさか素人じゃあるまいし裏取りもせずに本や HBR へ書くわけがない。だいたいは、話を聞いてから他の事実と突き合わせて書くものだ。それでも、そういう話の多くは(それなりに周到な辻褄合わせをした上でコンサルや研究者に語っていると考えるのが当然なので)〈盛って〉いたりするし、他の事実と照らし合わせて検証することが殆ど不可能な社内の話やプライベートの話だったりする。
そうすると、われわれのような部外者でもある読者は、彼ら経営者の語っている話を再検証するために使える情報源を持たず、そして内容を分析するための心理学や社会学あるいは財務会計の理論すら知らない場合が多いのであるから、こういう話を材料として経営やマネジメントを理解したり是非について検討するのは、おおむね危険だし、はっきり言えば時間の浪費だと思う。ユニクロがどうしてこれだけの業績を上げて維持できているのか。そんなことは外部の人間にはわからないし、柳井氏がどれほど興味深いストーリーを綴ったり剛毅な経営方針を高らかに宣言していようと、その意図や具体的な社内事情を一般読者にわからせようとする気などないだろう。仮に多くの企業が同じ方針を採用したり、ステークホルダが事情を理解するようになっても、それで業界全体として監督官庁を牽制して何らかの点でユニクロが有利となるインセンティブがあるとしても、出版などという手段はあまりに間接的すぎるし、効果も弱いと思える。
最後に(しかし最小でこれだけと言いたいわけではなく・・・という言い回しが英語にある)、3つ目の理由として、仮に〈本人が〉〈偽りない内容〉を書いていたとしても、やはり不都合な事実というものは割愛されていることが多く、実はそれこそが業績に大きな影響を与えたかもしれない事実であったという可能性も否定できないからである。その本に嘘が微塵も書かれていないとしても、〈書かれていないことがある〉という可能性が残されている以上、その本を信用することは難しい。はっきり言えば、法科大学院の演習で登場する事例研究のように "case" として頭の体操に役立てる以上の意味はない。(法科大学院の事例研究は具体的な判例の理解も期待されるから、単なる頭の体操で済むわけでもないが。)