Scribble at 2021-08-19 12:11:15 Last modified: 2021-08-19 12:50:15

ビジネス書について回る基本的で、しかも強力な疑問あるいは冷笑と言ってすら良い反応は、たいていのビジネス書が出版の時点で模範的な事例として紹介した企業の多くは、ものの5年もたたないうちに買収されたり、不祥事を起こしたり、それどころか倒産しているではないかという反論だ。『ビジョナリー・カンパニー』しかり、『エクセレント・カンパニー』しかり、『ブルーオーシャン戦略』しかり、『イノベーションのジレンマ』しかり、そして『競争優位の戦略』しかりである。たぶん、これらの本に出てくる企業の中で、いまだに好業績を維持しているのはトヨタと IBM くらいのものだろう。それゆえ、いまだにカンバンだの JIT だのと言う人がいるわけだが、もはやいまとなっては JIT なんて世界中の製造業社が採用しているし、トヨタ自動車に劣らずノウハウや経験を蓄積している業界すらある。よって、JIT やカンバンはトヨタの業績を単純に説明する理由としては、もはや不十分なのだ。

もし或る事業体が管理手法やビジョンといった、業態や事業内容とは別の点で学ぶべき優れた特徴をもつのであれば、それが特定の風変わりな CEO の権限によって導入されたのであろうと社内で時間をかけて醸成されたのであろうと、たとえばコロナ禍と呼ばれる多くの事業社にとっては想定外の外部要因でも、業績を維持するために事業内容や業態を完全に転換してしまう(航空会社が IT 企業になるとか、旅館経営会社が運送業を始めるとか)ことだって可能な筈だが、そのような事例は殆どない。あれだけイノベーションだのブルー・オーシャンだのと言っていても、しょせん大半の会社はもともとやってきたサービス内容を変えるわけにはいかないのである。

その理由は、もちろん事業内容や業態を変えることは大きなリスクを抱えることになるからだ。恐らく、航空会社が IT 企業として完全に事業内容を変えるなら、大半の従業員には (1) 再教育の時間とコストがかかるか、(2) 解雇して新しく IT 人材を揃えるコストがかかるか、(3) それらの組み合わせでコストがかかる。加えて、IT 企業に航空機や整備ドックなど不要なので、事業譲渡先を探してもらうエージェントに払う手数料もかかるし、譲渡できるまで使わない資材や機材や施設の管理費もかかる。それから、IT 企業として当たり前のように揃えるべき設備も購入しないといけない。ただ、IT 企業の初期投資は航空会社の初期投資に比べたら非常に安い。プログラマやコーダや SE の作業環境なんて、100万円くらいの超絶ハイスペックなパソコン一式と、50万円くらいで組めるブースと、高速で安定したネットワークがあれば十分だ。合計でも、一人あたりの投資は300万円くらいだろう。パイロットやアテンダントを養成したり維持する費用に比べたら格段に安いし、そもそも IT 企業は国の許認可と殆ど関係がない(通信事業者として届け出るべきサービスを提供する場合を除く)ため、国交省の役人をノーパンしゃぶしゃぶに接待するコストも必要ない。また、IT 企業は受託のウェブ制作会社や開発ベンダーでもないから、広告代理店や IBM や富士通や TIS やアクセンチュアの役職者をキャバクラに連れて行く必要もない。

しかしそれでも、旅行会社が世界中の土地について得た知見という資産を活かして情報サービス業に変わったという話は世界中で一例も聞かない。それは、旅行業界に限って言えば従来の主事業に固執する無能な経営者しかいないからなのだろうか。それとも彼らは、会社を存続させることと事業を存続させることの違いが理解できない無能なのではなく、寧ろそれらが一体のものであり、刀鍛冶ができなくなるくらいなら会社を閉じるという職人の親方みたいなものだからだろうか。

僕は、それが実情としてどうなっているのかはわからないし、実はどうでもいいことだと思っている。事業あるいは人の生涯についても同じだと思うが、どう誠実で堅実に会社を運用したり生活していようと、どうしようもないことはあるのだ。それは、感染症の流行で人々の行動パターンが変わってしまったり、あるいは自分自身が新型コロナウイルス感染症を初めとする重篤な病気に不可抗力で罹患したりすることは、避けようと努力しても避けられないことだってあるのと同じである。よって、どれほど努力したり善良で優秀な社員を抱えていても、事業が立ち行かなくなることはあるし、企業として財務状況が改善不可能なところまで急激に落ち込むことだってある。人類史で最長の歴史を誇っていた金剛組もいったんは倒産したわけで、作ったものはいずれ壊れる。だが、安易に無為無策で壊すのは無責任だし無能というものだ。それゆえ企業には有能な経営者が必要なのである。ただ、僕が思うに、その有能さというものは、簡単に言えば「事業あるいは事業体の延命処置」に関する才能でしかないのだろう。事業体の延命を優先する経営者であれば、事業の存続を諦めて買収に応じたり事業を転換することはありうるし、事業の延命を図ろうとする経営者であれば、損益分岐の限界を維持するためにリストラや給与の一律カットや融資枠の拡大を試す筈である。しかしながら、その人物が永久に会社に留まって経営に携わるわけにはいかないのと同じく、事業体も永久に同じ事業を提供したり事業者として存続することもできない。

よって、Good to Great(『ビジョナリー・カンパニー』)で紹介された多くの企業が倒産したり不祥事を起こしているではないかと、後から言うのは容易いことである。しかし、こうした書物の要点は、実は出版された後も著作の中で紹介された企業が同じまま好業績を維持したり〈よい企業〉であり続ける価値を保証することにはないのである。本質的に言って、あらゆる経営書や経営学の理論はそれ自体が結果論なのだ。そこに書かれている経緯や方針や提案を、あなたが実際に応用してみて成功するかどうかなんて、誰も知ったことではないのである。しかし、皮肉な言い方にはなるが、それゆえ優れた経営書は読むに値すると思う。どのみち、僕らのように中小企業の部長として何をどうやるかは僕ら自身の判断や行動にかかっているのだから、せめて自分自身で馬鹿げた判断をしたと後悔しないためには、実際のところ正しいかどうかなんて分かったものではなくても、具体的にこうしたらどうなったという事例を知っておくことは有益だろう。書物で紹介されるまでの実績としては何程かのことを達成しても、それでも不十分だったり、経営学者が錯覚していたことがあったという実例でもあるからだ。よって、経営書そのものが後知恵であることに加えて、紹介された企業の顛末という後知恵も含めて、それらの全てから我々は学べば良いのである。後知恵で何が悪い。人類の知恵とは、しょせん後知恵の積み重ねでしかない。最初から未来永劫にわたって正しい原則を〈打ち立てられる〉と豪語するのは、宗教つまりは神だけに許された御業であろうよ。

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