Scribble at 2021-07-10 14:43:22 Last modified: 2021-07-11 10:10:07
多くの方が既にプライベートでは洋書を買うのにアマゾンを利用していると思う。京都や東京に住んでいて、北大路や神保町の近辺へ気軽に足を運べるという境遇なら、僕がかつてそうだったように至成堂書店や明倫館書店で一部の洋書は買えるだろうが、大半の方はそういうわけにはいかない。ましてや他の国の状況を思えば、たとえばアメリカ合衆国に住んでいてもアラスカ州で最大の書店を調べてみたら、アンカレッヂにある Title Wave Books という、BOOKOFF の支店みたいなものしかないわけで、いまやアラスカでは大学書店すらオンラインで注文して、原則として電子書籍を利用するようになっていたりする。よって、国内の本だろうと洋書だろうと、多くの国では書物を手に取るチャンスが(もちろんアラスカや日本の多くの田舎がそうであるように、もともと少なかった場所が大半なのだが)更に少なくなっている。
しかし、当サイトをご覧の方であれば既にご承知のとおり、日本のアマゾンにはとりわけ洋書の全てのカテゴリーで notebook, graph paper, password journal, あるいはそれらのイタリア語版やドイツ語版として、夥しい数の fake books が販売されている。以前もご紹介したように、これらはマフィアやテロ組織のマネー・ロンダリングに悪用されていると BBC が報じたのは、もう5年以上も前なのだが、もはやウィキペディアにすら明解に書かれているように、アマゾンはこれらの偽出版物や模造品あるいは Wikipedia からコピーしただけの「電子出版物」を ban する手間を放棄している。なぜなら、ban されようとされまいと、これらの商品は一定の期間が経過すると新しい ISBN(なんとクズどもはメモ帳に ISBN の番号すら取得している!)「新商品」を出品して古い商品を取り下げてしまうため、ban されようがされまいが常に同じくらいの数の商品が検索にヒットするようになっているからだ。更には、そういうガラクタにはレビューの星がついていないという経緯があったため、僕は評価の★が付いている商品という絞り込み条件を使っていたのだが、最近の fake books には最低でも一つの★4という評価が付いているのだから、半グレやテロリストどもの丁寧な仕事ぶりには驚かされる。掃いて捨てるほどいる「上場企業のサラリーマン」とかいうスーツを着たチンピラどもよりも、犯罪者の方が決まりごとや手順に忠実だという、われわれ情報セキュリティ業界のプロなら誰でも知ってる事実は、ここでも実証されたというわけだ。
ということで、最近は読みたい本が決まっているわけでもなければ、アマゾンで気軽に検索して見つけた本を買うという「(アプリケーションの)ウィンドウ・ショッピング」は、これらのガラクタを除外する手間がかかりすぎて気楽にはできなくなっている。かといって、洋書そのものの値段は他のオンライン書店サイトに比べたら安いし、古本もたくさん出回っているし、中にはキャンセルされた在庫の放出があって、Routledge の専門書が数百円で買えたりするし、更にはプライムの会員として配送料もかからないとあって、商品を選ぶのには困るがアマゾンの会員は辞められそうにない。もし、紀伊國屋や丸善・ジュンク堂といった国内の事業者が運営するサイトで洋書を買うという実務に移行するなら、どういう条件が必要だろうか。
まず、アマゾンが宅配業者や自前の配送人に対するブラックで独禁法すれすれの凶悪な条件を課しているという SDGs に反するような刹那的利益の追求に熱心で、そういう点への反感という理由だけでアマゾンを拒否するというのであれば、何よりも必要な条件はお金だろう。いまのところ、身も蓋もない話にはなるが、そして日本人が大好きなマイケル・サンデルのごとき倫理学者には気の毒だが、金さえあれば社会的不正義の大半は解決する。しかし皮肉なことに、社会的不正義の大半を解決する筈の莫大な金銭を得るには、もちろんアマゾンがそうであるように社会的不正義を〈利用〉しなくてはならない。貧乏な人々には、職を与える代わりに劣悪な条件で働いてもらう必要がある。
もちろん、僕も含めて金で解決できることを知ってはいても、それを実行できる者など殆どいない。それゆえ、現実には他の条件を考えなくてはならない。仮に洋書の価格を設定する際のレートが調整されて、アマゾンと国内の事業者とで差が縮まるなら、どのくらいの価格差で許容できるだろうか。昔は、たとえば丸善の店内には、商品の価格を店頭で客が自分で計算できるようレート表が陳列棚に掲示されていたものだ。もちろん、それは単純に為替レートを掲示していたわけではなく、丸善の仕入れコストなどを加味した独自レートなので、為替レート1ドル 120 円の時代に書店のレート表には1ドルが 250 円などと掲示されていた。そして客は例外なく、それを当たり前と見做して利用していたわけである。しかし、いまや配送料が無料という時代になると、海外から書籍を日本へ輸送するコストが堂々と加算されて本が売れる時代ではない。ましてや店頭で買う本に「送料(本来は「輸入コスト」だから正当な加算なのだが)」とは何事かという誤解が生じる可能性もあるわけで、これではますます電子書籍を正味の為替レートだけで Oxford U.P. のサイトから直に買う方がいいということになってしまう。
もちろん、このような事態に至った責任は国内の事業者にもある。いま言ったように、レートとして為替レートの倍くらいで換算していた頃は、要するに何でもかんでも洋書は表記価格(ドル建て)の2倍だという、はっきり言ってデタラメなことが横行していたからだ。現地で洋書を調達するコストや船便や航空便でのコストがかかることは避けられないとしても、一律に2倍のコストがかかるなんて値段の設定は、はっきり言わせてもらえば馬鹿げている。こういうことを、要するに日本で洋書を買ってきた多くの人は内心では疑問に思いながら仕方なく受け入れてきたわけであり、もちろん個人輸入という手間をかけたらいいとは言え、特に日本で洋書を必要とする学術研究者や企業の研究者・技術者が、海外の同じ地位の人々とは違ってセクレタリもいない状況で実行できることではなかったのである。それに、そういう地位の人々は洋書を自腹で買っていたわけでもないので、さほどコストには目を向けなかったという理由もある。それゆえ、カタログだけで買い物をしていたような人々は注文表をファクシミリで送って、大学やシンクタンクへの出入り業者である洋書の輸入・販売業者との付き合いで取引が継続してきたのであった。そして、そういう幸運な事情にプロパーも洋書販売業者も依存してきたわけである。したがって、現在も大学や R&D 事業部の図書購入予算だけで仕事ができるなら、別にカタログ・ショッピングで好きに洋書が買えるのだから、本稿のようなエントリーで議論している事態が何か理解不能な世界の話に見えても不思議ではないだろうし、どういう条件でアマゾンから他の事業者に替われるかと言ったところで、最初からアマゾンで洋書なんか買ってないという人もいよう。
僕が個人として条件を設定するなら、アマゾンで販売されている価格と比べて、せいぜい 5% が限度だと思う。つまり、アマゾンで 1,500 円で販売されているペーパーバックが 1,575 円くらいなら国内のサイトで買ってもいいが、それ以上だと躊躇するだろう。そもそも、アマゾンではなく国内あるいは他の事業者から購入する条件を議論しているのは、別に国内の洋書販売事業者を「救う」なんて目的があるわけではないからだ。アマゾンがあるせいで他の国内の事業者が全て倒れてしまい、しかもその後で田舎のスーパーみたいにアマゾンが日本から撤退して日本のオンライン書店が殆どなくなって焼け野原の状態になったとしても、洋書を買う手段なんて他に幾らでもある。はっきり言えば、日本で運営されているサイトにアマゾンから移ってもいいと思えるようなサービスがなくても、別に悲しくもなんともない。商品を購入するのに、国内の会社を大切にしようとか言ったところで、既に日本の事業者に仕事への矜持や仕事の精度を求めるなんてセンチメンタリズムは通用しない。はっきり言って日本人の大多数の労働者なんて、すでに技術力でも仕事への誠意でも中国人どころかベトナムの人々とも大差ないわけであって、それは別に悪いことでもなければ日本人の技術力や矜持が低下したのではない。単に周りの国の人々がそういう点で向上し、そして日本人の大多数は彼らと同じく凡人なのだから、凡庸なレベルにおいて均質になっただけのことだ。
そして、やはり重要な条件として、アマゾンのような fake books がないということだろう。これは、既に国内の事業者には或るていどの信頼ができる。もっとも、トップページには fake とまでは行かなくても、書店側として売りたがっている夥しい数のガラクタが並んでいることも多いわけだが。コピペ構成作家のデタラメ日本史とか、Apple の経営者だったイカサマ野郎の偉人伝(Microsoft の経営者が同じくイカサマ野郎であるとともに、ただのスケベ野郎で熟年離婚の憂き目にあったことは記憶に新しい)とか、中高生のありとあらゆる性欲を詰め込んで「ラノベ」などと言われている落書き小説とか(ラノベが全てそうだというわけではない)、ともかく国内のサイトもクズみたいな商品ばかり並んでいるが、検索機能や検索結果さえ使い物になるなら、それでいい。その他に、正常なコストとして配送料が別途にかかるのは当然だろうから、その費用がどれほどかという点にも関心はある。宅配業者とのグロス契約でコストを押さえられるとしても、アマゾンに比べたらコストがかかるであろうとは思うので、これがいくら程度までは許容できるかが判断材料となる。
しかし、それもこれも総括してみれば、いまアマゾンで洋書を買うときに最も困っている fake books の山が一掃されるというだけのことで、どれだけコストがかかるのに耐えられるかという話に集約されるわけである。アマゾンの検索方法をあれこれと工夫して対処できている現状では、なかなか他の書店サイトに移るのは難しい。寧ろ、主だった university press がまとめてアマゾンに反抗して出品を取り下げでもしない限り、現状では他のサービスへ積極的に移る理由は見出しにくい。