Scribble at 2021-07-03 11:59:00 Last modified: unmodified

僕が、恐らく小学生の頃から教科書を嫌っていたのは、とにかく内容が雑であるという印象ゆえだった。もちろん今では、学校教育で使う検定教科書のように官僚の思惑との妥協の産物というべきもの、あるいは大学教育で使う「テキスト」のような(これまた)予算や出版社の思惑との妥協の産物というべきものとして、実地で利用する教員が学習課程の里程標として使えばよく、それを生徒や学生に精読させるようなものではないと割り切って使っていればいいとは思っている。学問や知識と同じく、要するに俗物やバカの書いたものでも〈使いよう〉であろう。とは言え、使う方もたいていは俗物や凡人であるからには、大多数の国で行われている劣悪な教育制度の現場というものは、悪循環の見本である。それゆえ、通俗本だろうと教科書だろうと、雑に書かれた書物というものは、もちろんたまたまそれを読んだという correlation があっただけの例外的な人物が、優れた業績を残した後で「あれを読んだ」などと causation を示唆する錯覚に陥ることもあるが、たいていは人類の叡智の進展や発展にとって下方圧力にしかならない。

一例を挙げると、僕は小学校で使った社会の教科書に書かれている原始・古代の記述が、NHK で放映されていた考古学関連の番組で解説されている内容に比べて、不当に断定的で、言葉遣いが曖昧で、論述の進め方が論理的ではなく(歴史の話だから時間経過に沿って書くだけでいいというものではなかろう)、とにもかくにも分量として少なすぎて「雑だなぁ、こんな文章で何を説明したことになるんだろう」としか思えなかった。学校の図書館にはいくらか詳しい「読み物」があったけれど、それらはしょせん僕らが小学生だった当時の感覚で言っても〈子供向け〉の本であり、はっきり言って馬鹿にしてるのかと腹立たしくなほど雑な読み物だったし、たいていは歴史学や考古学の範囲で簡単に正当化できないような想像にもとづくデタラメが書いてあった。それゆえ、書店で大学受験用の参考書を眺めたりしたものの、要するに「学校教育」の範囲で読めるものは、いずれにしても同じように雑なことしか書いていないと分かった。テレビで観ていた『はじめ人間ギャートルズ』とか、学校のクラスで回し読みさせられていた漫画の日本史といった範囲を越えて考古学を学問として学ぼうとしたのは、そういう腹立たしさという動機もあった。下らない妥協として、不十分でいい加減な説明でお茶を濁されていると感じたからだ。もちろん、大学のテキストや専門書をすぐに読めるわけではないし、読んだところで〈十分な知識〉などないわけだが、少なくとも学校で使う教科書が多数の、しかし凡庸な人々の善意や労力を集めて丸めた「クソみたいなもの」であることは分かった。陰謀論を唱えるほど馬鹿な小学生ではなかったが、「小学生のレベルならこれくらいでいいだろう」という、或る種の下方圧力を感じたことは事実である。

哲学科に進んだ学生の中にも、同じことを感じた人はいると思う。たとえば『哲学史』とか『哲学概論』と銘打った仰々しいだけの本だとか、いまならどういう体裁になってるのかは知らないが、恐らく下着が半分見えているようなスカートの女子高生か、あるいは歌舞伎町のショーパブにいるような格好をした、転生したセカイでの女勇者のイラストを表紙にして、「たのしい哲学」とか「コロナ時代を生きるか弱いぼくちゃんたちの哲学」みたいな、ロハスっぽくて優しく、しかし実は全く sustainability がない刹那的な感性だけで考えられ、書かれ、編集され、印刷された、それこそ「紙クズ」としか言いようがない代物なのだろう(言っておくが、僕はいわゆるマッチョ志向なわけではない)。ともあれ、そういう紙クズにもいちおう『純粋理性批判』という著作についての話は出てくるのだろう。そして、哲学なり哲学史に関心をもつ学生の中には、高校時代までに岩波文庫などで買って眺めたことがある人もいる筈だ。更に、丁寧に読もうと思ってノートを取り始めたら、それこそ序論から色々と書き留めておくべきことが数多くあると気づいている人もいるだろう。僕もそうだったように、カントについて専門に学んだり研究しているわけではなくとも、そうしたノートを学生時代に作って、序論だけで(最初の)ノートが埋まってしまった経験をしたプロパーは何人もいるはずだ。そういう経験があれば、いや教科書を読んだ後からでもいいが、あの大部の書物に書かれ展開された色々な議論を、せいぜい数ページ、場合によっては気の毒にも数行でまとめて語るというのだから、それがいかに無謀で傲慢であるかは、知識や学問について幾らか誠実さを任じているものであれば説得や論証の必要などないであろう。

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