Scribble at 2021-03-28 10:08:54 Last modified: 2021-03-28 10:09:16
上記はカプランらが再構成した定式化であるため、当人たちの論文を見直さないと正確な表現がわからない。
説明理論で読んだ論文は押入れのダンボールをひっくり返さないといけないため、まだやってない。たまたま手前の本棚を物色しているときに David Kaplan の "Explanation Revisited" (Philosophy of Science, Vol.28, 1961) を見つけたのだが、これには (E5) を推定させるような記述がない。それにしても、もう少し詳しく整理し直して書き直そうかしらと思えてくる。
実際、説明理論は科学哲学の通俗書(たとえば森田さんの理系がどうこうというタイトルの本)でも色々と説明はされているが、竹尾先生の「理論と世界」という論文と同じていどの精密さで展開されている議論は『科学哲学』でも『科学基礎論研究』でも見たことはない(応用として量子物理などのテクニカルな分野を引き合いに出している name-dropping な論文はいくらでもあるが、そんなものは哲学的に言って些事の極致だ)。そもそもスニードの形式化なんて竹尾先生の論文とシュテークミュラーの翻訳でしかお目にかかれないのではないか。要するに、他の事案でも言えることだが、日本の科学哲学の論文は本当に雑な印象批評みたいなものが多くて、これでは岸くんとかが『現代思想』に書いているようなエッセイと同じで、おかしな喩えかもしれないが、食あたりで入院したときにベッドで読むようなものでしかない。