Scribble at 2021-03-16 17:51:41 Last modified: 2021-03-16 17:57:18

「在野研究」についての本だとか、あるいは「独立研究者」を名乗る人々の自意識過剰な本が続々と出ている。もちろん、切実な事情でなにごとかを調べたり考えたいという人はどこにでもいつでもいるのだから、それが「研究」の名に値するのであれなかれ、実務としてサポートするような提案とか助言の類であれば賛同したい・・・のだが、実際にはそういうものでもないらしい。

簡単に言えば、この手の出版ブームは〈オタク化〉の一つであり、アカデミズムとは異なる領域で新しくヘゲモニーを握りたい連中による自作の〈体制作り〉にほかならない。SF オタクやアニメ・オタクやゲーム・オタクなども、結局は自分たちで自分たちが評価されるようなステージを自作してものを書いているだけなので、それと同じという意味で〈オタク化〉と言えるだろう。もちろん、その「自分たち」の中には都内の出版・マスコミ関係者も含まれる。

僕が、この手の〈力への意志w〉に取り憑かれた人々を無視しているのは、結局のところ本来の探求とは関係のないパフォーマンスや党派的なポジショニングのことしか頭にないからだ。とどのつまりは、名声とか収入とか、その手の話に行きつくわけである。僕は、食うだけなら現在の仕事でもいいし(有能な人間にとって上場企業案件のウェブ・アプリケーション開発や運用なんて暇潰しでしかない)、ものを考えるにあたって特別に不足していることは、自分の能力という最大かつ根本的な点を除けば無い(このていどの謙虚さくらい持ち合わせている)。もちろん、1日に英単語を300個ずつ覚えていく東大生とか、そうした人々の能力は称賛に値するし、哲学的な才能がゼロのくせに(有害な勘違いをしているという意味ではマイナスと言ってもいい)10年ほどアメリカに留学していられる金と英語の能力がある人々も羨ましい限りだが、結局は結果が全てであるという点では、物理や数学でも博士号を取れる記憶力や計算力があったり、流暢な英語が話せるだけではどうしようもないということも確かだ。

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