Scribble at 2021-02-11 10:19:30 Last modified: 2021-02-12 13:42:12

ダン・デネットのかなりよく知られた TED Talk での「ミーム」プレゼンは、手直ししてこちらでも redistribute しようかと思っていたのだが、あそこのコンテンツは Creartive Commons でも少し制約が多い CC-BY-NC-ND 4.0 で「改変禁止」だから、翻訳を修正したり、映像からスライドの一部をキャプチャーして参照画像として文書に添付するといった編集ができない(MarkupDancing でローリー・クレイナーのプレゼンを redistribute している事例があるけれど、ライセンスの範囲でできるのは、せいぜいあのくらいまでだ。バカバカしいことだが、日本語の奇妙な transcript に句読点を補うことすら、たぶんライセンス違反になる)。MPEG 動画としてダウンロードしたら、基本的にはそのままかフォーマットを換えてサーバへアップロードしてリンクするくらいしかできないのだ。これでは redistribute する意味はない。TED のサイトへリンクしているのと何も変わらないからだ。たぶん、こういうライセンスで「再配布」できるよう想定されているのは、MPEG から 3GP とかにエンコーディングして、帯域の細い貧困国で観てもらうようなケースだろう。

余談だが、最後の文は書き直したものだ。最初は、

「たぶん、こういうライセンスで「再配布」できるように想定されているケースは、MPEG から 3GP とかにエンコーディングして、帯域の細い貧困国で観てもらうようなケースだろう。」

と書いたのだが、もちろん主部に「ケース」と書いて述部にも「ケース」と書くのは日本語の文として美しくなく、学校でも中学の2年生くらいで「同じ単語の重複を避けることが望ましい」などと、英語の授業で教わる筈だ。よって、「想定されているケースは」を「想定されている『の』は」と書き換えたわけである。ただ、このような書き換えは僕らにしてみれば自然とやっているわけだが、よく考えると外国人が日本語を習得するときに混乱しないのだろうか。いや、それどころかバカのくせに自称「日本人」を Twitter で平然と名乗ったり、いやさかなるべき我が国に混乱と無知無教養を持ち込みながら不遜にも「愛国者」を名乗る品性下劣な者たちが、かような日本語の特性を十分に理解して運用しているとは到底思えないわけである。

何度か書いてきたことだが、僕は二十代の大半をワープロの入力事業に携わり、数多くの予備校テキストや大手企業の労働組合の機関紙や関西電力学園の教材といった、それなりに文章や文法の品質が要求される原稿を目にしてきた。しかしながら、その圧倒的多数が、二十代の若造(とは言え、読んでいるのは誰でもなく僕なのだが)から見ても読むに耐えない代物だったという経験からして、日本人と称する人々がいかに識字率にして何パーセントだの進学率が何パーセントだのと言っても、その実質は文科省や教育機関の実績作りとして、トコロテンさながらに押し出されてきただけのことであろう。もちろん、僕もそういうトコロテンの1本として、幸運にも学校教育を経てきた一人なのかもしれないのだから、日本で生まれ育った〈ていどのこと〉で母国語の理解や運用について過信してはいけない。2年ほど前から手頃な漢和辞典を1ページめからアホみたいに順番に読み進めているのも、そういう訓練の一環なのだが、勉強とはしょせんそういう〈アホなこと〉を愚直に続けるかどうかで最低限の条件が揃うものだという気がする(慎重に理解したほうがいいのは、「最低限の条件」が揃うのであり、何も愚直に続けたからといって成果が約束される保証などない)。

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