Scribble at 2020-10-04 09:56:07 Last modified: 2020-10-09 10:35:31

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本書は科学史・科学哲学はもとより数学・論理学さらには物理学まで動員して確率基礎論をバランスよく論じている。しかし、それでも最終結論には至らない。確率をどのように定義しようとも突き詰めれば何かしら未解決の問題が残るからだ。厳密な数学理論でさえ完全ではない。

確率と哲学 ティモシー・チルダーズ著

"Philosophy & Probability" は、池袋の小さな版元から翻訳が出ていた。上記のリンク先は三中さんの書評だが、はっきり言って本書の最も重要と思われるポイントを押さえて紹介しているとは言いがたい、これ自体が凡庸で詰まらないルーチン・ワークのようなクズ文章だ。概論として出版される著作が既存の学説や論点を「バランスよく論じている」のは必要条件であり、そもそもそれをしていない著作は出版社内の匿名レフェリーが差し止めるのが当然である。ゆえに、上記のような書評の前半は確率の哲学について書かれた著作なら全てに当てはまる。また、後半も確率の哲学について書かれた著作どころか哲学のあらゆる著作に当てはまるだろう。曰く、「真理をどのように定義しようとも突き詰めれば何かしら未解決の問題が残るからだ。厳密な論理学でさえ完全ではない。」「意味をどのように定義しようとも突き詰めれば何かしら未解決の問題が残るからだ。厳密な認知言語学でさえ完全ではない。」「意識をどのように定義しようとも突き詰めれば何かしら未解決の問題が残るからだ。厳密な神経科学でさえ完全ではない。」といったように。

もちろん、本書にもともと概論として特筆するほどのオリジナリティがないとすれば、書評として特筆するべきことがなくて上記のような文章を書かざるをえないという結果にもなろう。あるいは、本書を読まなくても議論を展開できるプロパーと同等の素養がある人の興味しか惹かないような特徴を指摘しても大して意味はない。たとえば、多くの概論では古典説から色々な解釈の紹介を始めるのだが、本書では頻度説や傾向性説から解説していることを紹介しても、門外漢には無益だろう。また、目次だけで言えば本書の最も目立つ特徴は最後の "The Maximum Entropy Principle" にあるだろうし、チルダーズが LSE で学び現職でも教えている business ethics に関連して、確率・統計の哲学にかかわる著作としては異例と言ってもいい意思決定理論やリスク・マネジメントの議論を加えていることだろう。こんなことは、僕のように原書を手にしている人間でなくてもプロパーならすぐに分かることであり、三中さんも確率・統計の科学史や科学哲学については都内の出版業界人からは《片足を突っ込んでいる》と見做されているだろうから、この程度のオリジナリティはすぐに分かった筈だ。しかし、そういうことに一行も触れていないのは、恐らくそれを素人に説いても無益であるという判断からだろう。しかし、だからといって逆に上記のような文章でいいとは思わない。

あと、本書の最後に掲載されている数学的な補遺だが、僕はこんな中途半端な記述を掲載する余地があったのなら、もっと他に何かできたのではないかと思う。物理学の概論とかにも、しばしば末尾に「数学的な補遺」という付録が掲載されるのだが、それ自体が著者による数学の雑な要約であることが大半だと言ってよく、数学の予備知識がない人々には何の利益もない、自意識プレイの三文芝居を演ずる劇場に堕していることが大半だ。こんな低レベルな要約を並べ立てるくらいなら、推薦図書なり発展的な論点を紹介する方が良い。

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