Scribble at 2020-08-15 09:09:33 Last modified: unmodified
当サイトでも「通俗物書き」に類する表現を使うことがあるけれど、もちろん四国の役人とか、早稲田近辺の有力教授の関係者とか、最新用語の解説人とか、お茶がどうしたとか、暇と田舎道路がどうしたとか、ジョークの哲学がどうとか、あるいは他にも古典のつまみ食いブログで有名になった学生と教育学のプロパーなどなど、哲学にはもちろんたくさんこの手のどうでもいい連中がいるわけだが、他の分野にも似たようなのがたくさんいる。特に、僕の仕事に関連する情報科学や通信工学の分野にも、実名を出すと気の毒だが有名なので書いてしまうと、富士通出身で慶応の教員をやっている赤間世紀という人がいて、それはたくさんの通俗本を書いてはアマゾンで片っ端から酷評されている始末である。
ただ、どうにも取り繕いようがないというわけでもなく、個々の成果を眺めると横のものを縦にしたていどの貢献をしている事例もある。たとえば『形式手法教科書』(I・O BOOKS、工学社)という本は、恐らく Hoare logic について解説している国内で唯一の本ではないか。確かに、もともとホーアの論文にしても数ページの短いものなので、あれを元に少しばかり解説したところで数理論理学のちょっとした応用でしかないわけだが、それでも全くないよりはよいわけで、どこにでもある下らない古典の解説とか、ウィキペディアを読めば済むようなことをストーリ仕立てで書き直したような、哲学系の通俗本に比べたら 0.001(どういうスケールなのか自分でもよくわからないが、ともかく主観的な印象で言って)くらいはマシというものだ。ただ、残念ながら工学社というと、僕のような1980年代に8ビットのマイコンを使っていたような人間にとっては『I/O』の出版社として記憶に残っているものの、現在では理工系の出版社としては(特に通俗的な本の出版においては)翔泳社や秀和システムや技術評論社などの後塵を拝している印象があるため、こうして特に取り上げでもしない限りは「通俗」と言ってみたところで、現実の書店では見かけない本となってしまっている。