2019年03月10日 に初出の投稿

Last modified: 2019-03-12 16:32:07

Enlightenment Wars: Some Reflections on ‘Enlightenment Now,’ One Year Later

昨日、こんな記事を見かけた。Tom Bartlett, "Why Do People Love to Hate Steven Pinker?" - https://www.chronicle.com/interactives/hating-pinker

ついでに、ピンカーが多くの反論に応えた上記の記事も見たのだが、またえらい数のコメントがぶら下がっていて、国内でも訳している人がいるけれど、コメントも訳してみてはどうかと思うほどだ。

このところ、ドーキンス、クラウス、ワインバーグ、そしてピンカーといった「いかにもな人々」が人文・社会系の学問や一部の文化なり宗教を攻撃する著作の出版が人気を博しているようだ。もちろん、これはアメリカやヨーロッパの各国では、彼らが植民地や後進国の人々に「啓蒙」してきた理念が、自国においては結局のところ普及してこなかったという危機感の表れである。いったいアメリカやイギリスやフランスやドイツは、何百年前からこんなことを言い続けてきたのか。言い続けてきたにもかかわらず、フランス人は大勢の人間をギロチンで斬殺し、ドイツはナチスが大量虐殺を行い、イギリスではいまだに人種差別や女性差別が横行しているし、アメリカが人種差別やフェミニズムやポピュリズムの研究をリードしているのは問題が最も大きいからにすぎない。要するに、彼らこそがそうした啓蒙の困難さを歴史において自ら示してきたのである。アジアやアフリカもクソだが、欧米もたいがいクソである。

なんだか西尾幹二さんの議論みたいだが、例えば東アジアの国々について言うと、日本人や中国人で進化論に類する生物学的な議論が間違いだと本気で信じている成人は一人もいまい。神道の議論や『古事記』や中国王朝が作った歴史書などが伝えている伝承を熱心に信奉している人であっても、それらはヒトが何に由来するかの話とは別だからだ。ヒトが何らかの特別な存在によって意図的にいきなり作られたなどと、いまどき日本の SF 好きな小学生でも鼻で笑うようなプロットを、無視できない割合の国民が本気で信じているのは、中東から西側の国々だけである。そして、そういう「啓蒙すべき人々」の割合が、何百年も経過した現代であっても、実は目覚しいほどに変わったとは言えないということなのではないか。それゆえ、彼らのような科学者や「啓蒙」家が、何度でも繰り返してああした本を出しては、人文・社会科学者の非難を浴びても諦めたり屈しようとしないのだろう。

僕はクラウスのような人物を、単純に哲学や宗教を科学オタクとしてマウンティングしてるだけの小僧だとは思っていない。国内でも、一部の自然科学者が哲学やポストモダニズムを(活用する知性もないくせに、しょーもない算数ができるていどで)揶揄するのが芸風になっている向きもあるが、するならするで、自然科学者としての業績を上げてからにしてもらいたいと思う。業績を上げた人間が、その業績の大きさに比例して、Dunning-Kruger effect との謗りも恐れずに傲慢なことを口走るのは、その責任の大きさを知っていればこそ許容されてよいと思うのだ。それが擬制としての「権威」というものであり、人の社会はそういう権威を活用するべきだと思う。

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