2018年03月29日 に初出の投稿

Last modified: 2018-03-29 14:45:32

古典の多くは著作権が切れているので(というか、そもそも「著作権」が近代以降の概念なので)、哲学の古典的な著作も研究者が自由に翻訳して公開してもいいわけだけど、アメリカですら「定訳」みたいなものを専門の学会で作ろうとしたり、もっと大きな学会で作業部会を作ったりする気配がぜんぜんないんだよね。よって、とりわけ初学者がアクセスする古典の翻訳書が重視されるべき日本のような国では、口先だけの多様性などと寝言を言っている暇があれば、学会で定訳をつくる部会や勉強会でも作った方がいいのにと思っている。実際、さきほど出勤する前に本棚を見ていて思ったのだが、岩波文庫だと『人間知性論』は80年前、『人知原理論』60年前、『人性論』は70年前の翻訳だ。もちろん、それぞれ違う翻訳がもっと新しい年代に出てはいるが、いずれも簡単に手に取れるわけでもなければ、そもそも品切れだったり大規模書店にしか置いていなかったりと、いかにもアクセシビリティが低いと言わざるをえない(値段が非常に高価という意味でも「アクセシブル」とは言えないものもある)。

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