Scribble at 2026-07-20 09:25:36 Last modified: 2026-07-21 13:58:38

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出版市場の縮小に加え、印刷費や物流費などのコスト上昇が収益を圧迫したほか、出版需要の伸び悩みや価格競争の影響も受け、売り上げは低迷していた。こうしたなか、直近2年間は約4000万円規模の損失を計上するなど、厳しい経営状況が続き、さらに、主力金融機関から運転資金の融資を受けられなくなったことで資金繰りが悪化。先行きの見通しがたたなくなり、事業を停止した。

株式会社文學の森

いっとき、歳時記などを手に入れて何かしようかと、ぼんやり思っていたことはあった。でも、非常にお恥ずかしいことなのだが、俳句と短歌と川柳などの違いすら殆ど知らないため、どちらかと言えば季語などに使われる言葉と季節感などの語釈に興味があったと言うべきだろう。なんにせよ、書店で試しに眺めていると、幾つかの流派があったり雑誌があったりして、それなりに多くの人々が趣味にしている様子はうかがえたはずだった。でも、雑誌の発行ともなると、業界関係者や趣味人だけへの売り上げでは事業が続かないのであろう。このほど、上の『月刊俳句界』を発行していた福岡の出版社が事業停止となったようだ。

帝国データバンクのリポートでは「価格競争の影響」とあるが、いったい俳句や短歌や詩の雑誌とはどれくらいあるのか。簡単に調べてみると、この手の雑誌は他にも『俳句朝日』、『短歌現代』、『俳句あるふあ』など、主に全国紙系の出版社が発行する雑誌の休刊が相次いでいるようだし(そもそも発行元の新聞そのものが急速に部数を減らしていて、ここ20年のあいだで半減している)、既に色々なところで話題となっているとおり、紙媒体としての雑誌というメディアそのものが斜陽産業である。紙業者や印刷所などに限れば、一時的にフリー・ペーパーの流行などがあって持ち堪えてきた時期もあったが、上流工程の出版社は部数の低下を全く止められない。それは、俳句のような雑誌だけに限らず総合雑誌だろうと漫画雑誌だろうと同じだ。漫画だけはかろうじて海外に販路を開拓する余地があるかもしれないが、日本語で書かれた新聞や週刊誌や総合誌や思想・科学などの学術誌を読む人なんて学術研究者ですらいない。西田哲学や京都学派を専門にする海外の研究者なんてのは、一部の京大関係者の自意識過剰は立派なものだが(笑)、日本人にあてはめたら海外まで足を運んでマンホールの蓋を写真に撮ってくるような人と同じであろう。

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