Scribble at 2026-08-23 08:14:19 Last modified: unmodified
6月に会社として正式に AI の利用ポリシーを公表して、僕が Chief AI Officer を拝命したわけだが、社内で利用するに当たっての注意点や幾つかのサービスについて紹介しているだけで、特に何かを刷新したり始めたというわけではない。既に多くの社員が遅くとも2年くらい前には ChatGPT や Claude や Gemini を使い出していたし、特定のサービス専用にトレーニングしたモデルすら委託して運用を始めていたから、それなりに使える人は使えるだけの知見があり、そして一定のリスクは理解していると考えられる。なので、弊社に限って言えば慌てて社員を急かす必要などないし、そもそも弊社のポリシーの一つは「AI の利用は必須ではなく、AI を使えないからと言ってサービス品質を落としたり業務を止めてはいけない」というものだ。つまり、やることなすことに AI を根拠や言い訳にするような人間は、まさしく「企業人という意味での人ではない」というわけである。企業人たる者ではないなら、AI によって置き換えられても仕方ないので、弊社からは出て行ってもらう・・・シビアに言えばそういうことだ。企業人としての見識や意欲や責任感を欠いている者は、AI を使っていようといまいと弊社に必要ない。
では、それらの中で少なくとも見識をどうやって醸成すればいいだろうか。もちろん、僕らとしては研修や社内告知などの awareness という手段を活用するわけで、そのために6月から今度は生成 AI のテキストを制作している。これは、もちろん自習用として self-contained な構成や記述にすることが大切であり、研修会のようなものを開いて僕が1時間ていど喋ったところで、継続した学習だとか関心を維持できなければ効果も成果もないので、必要に応じて自ら学ぶための教材にしておく必要がある。もちろん、このまま会社が存続していれば何年後かに僕は定年で退職するのだから、ひとまずその時点で手を離れても残った社員が学ぶための足掛かりは残しておく必要があるだろう。
ただ、コンピュータ・サイエンスの学科を出ている人は実感があると思うが、AI の勉強というものは用途や職能に応じて色々な分野を学ぶ必要があるし、技能としても身に着ける必要がある。たとえば、システム開発、グラフィック・デザイン、経理、営業といった職種について考えると、プロンプトを正確に制御する必要があるという理由で、かなり身も蓋もない話になるが、英語の勉強は必要だ(中国語でも対応できるモデルは多いが、まぁ日本人の多くにとって選択の余地はあるまい)。英語ができなければ、結局のところ他人が書いたプロンプトをコピペするしかなくなり、選択の余地が減るし適切かどうかも分からない他人へ依存することになってしまう。ここから先は職能によっても、それから当人がどこまで仕組みを正確に理解して制御したいかにもよるが、おおむね理論的な枠組みや基礎、数学、そしてプログラミングという三つの要素を考慮しなくてはいけないだろう。そして、出身が理数系であるか人文・社会系であるかの違いなど関係なく、だいていにおいて凡庸な人々というものは、これらの勉強を進んではやらないものである(理数系の人間は「あたまがいい」ので幾らでもすすんで勉強するなどというのは、はっきり言って妄想だ)。
とは言っても、会社の研修用に制作するテキストで具体的な用途を想定したノウハウ集のようなものを作っても、すぐに陳腐化してしまうし、多くのサービスでは無効もしくは効果が低いプロンプトを示すことになる。いまや半年も経過すれば次世代のモデルが多くの企業からリリースされる現状にあって、5年後にも使えるプロンプトなんてありえないだろう。ということで、やはり原理原則の話をするのが手堅いわけだが、繰り返すように凡人というのは原理原則や抽象的な話題や「基礎」となるべきことがらを学ばない。もちろん、そのインセンティブがなく、それを学ぶ効用が理解できないからだし、理解できたとしても効果が出るまでにプロセスが多かったり時間がかかりすぎるという問題もあろう。なので、こういう話題は何かのきっかけがあれば必要に応じて紐解いてもらうといった編集方針で制作することが望ましいと思う。テーマや話題、あるいは疑問といった単元で、見開き2ページで解説するという方式だ。ヤクザの舎弟が社長になったせいで酷い状況になった秀和システムが得意とする啓蒙書の編集方式である。