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恩蔵茂『「FMステーション」とエアチェックの80年代 --- 僕らの音楽青春記』(河出文庫、2021、初出2009)

『FM STATION』という雑誌があって、いまでもオンライン版が運営されているけれど、1980年代に「FM エア・チェック」が流行していた頃には、クラスで必ず一人は学校に持ち込んで読んでいた同級生がいたものだった。僕も、FM の音楽番組で流される曲をカセット・テープに録音していた。そして、カセット・テープを2つ並べてセットして、一方から他方へ順番を変えながら録音しなおす「ダビング」で、1本のカセット・テープに好きな曲を好きな順番で取り込んだ、オリジナルの編集テープを作っていた。それから、『FM STATION』などの FM 雑誌に掲載されていた付録、つまりテープのケースに挟み込むレイブル(レーベル)を使ってケースを装丁していたわけである。

で、そのエア・チェックのために、「ミニ・コンポ」という一体型の再生機器を手に入れた。レコード・プレイヤー、アンプ、ラジオ・チューナー、スピーカー、そしてカセット・デッキが全て一つの筐体に組み込まれた、コンパクトで安いコンポである。もともと、コンポというのは "stereo component system" のことなので、それらの構成要素は別々の機材として開発・製造されていて、異なるメーカーの機材を組み合わせて利用できる(もちろん同じメーカーで揃えてもいい)マニア向けの音響機器だった。僕らが中学生の頃は、たとえばカセット・デッキは TEAC や Nakamichi といったメーカーの重厚なデッキが垂涎の的であり、Nakamichi の "Dragon" という愛称のカセット・デッキ1台だけで30万円近くもしていて、コンポの構成機器を全て集めて音楽を楽しむだけでなく、防音壁などで専用の部屋を作ることも含めて、まったく大人の(しかもかなり裕福な)趣味だったわけである。それを、1台で5万円前後のミニ・コンポとして販売したのだから、若者が飛びつくのも無理はないだろう。また、カセット・デッキが2台とラジオのチューナーだけを組み込んだ「ラジカセ」も登場して、2万円以下という更に安い価格帯で商品が展開され始めたし、このラジカセを抱えて街に出るというファッションも流行したから、特に中高生の多くが手にしたわけである。僕はミニ・コンポを使っていたけれど、ラジオのエア・チェックだけならラジカセで録音したテープと比べて音質に殆ど差はなかったと思う。

僕が毎週の土曜日に学校から帰宅して FM の音楽番組をエア・チェックしていたのは、殆ど中学生の頃だけだった。そもそもラジオそのものを聴くようになったきっかけは、深夜に勉強しながら『オールナイト・ニッポン』を聴いたり、NHK の教育番組を聴いたり、あるいはカセット・テープとテキストがセットになった英語の教材(Econocast というタイトルの、経済をテーマにした教材だった)を聴くためだった。小学生の頃は深夜まで勉強なんてしなかったし、テープの教材も使っていなかったから、必要なかったわけである。そして、中学になってミニ・コンポを買ってもらってラジオを聴いたりテープの教材を使ったりするようになったわけで、もちろん FM だけではなく『オールナイト・ニッポン』も聴いていた(僕は、大阪ではファンが多い『ヤング・タウン』は全く聴かなかった)。ただし、AM ラジオは殆ど『オールナイト・ニッポン』しか聴いていなかったので番組表は全く必要なかったのだが、FM はエア・チェックで目当ての曲を録音するのだということを知ってからは、番組表が必要だったので、『FM STATION』のような雑誌をよく買っていた。番組は新聞で分かると言うかもしれないが、新聞の「ラテ欄(ラジオ・テレビ欄)」には、流れる予定の曲名なんて掲載されていなかったのだ。

ということで、上にご紹介する本を懐かしく一読したのだが、実は僕は『FM STATION』を熱心に購読していた読者ではない。特集の内容によって、『FM fan』を買ったり、『FM レコパル』を買ったり、『週刊 FM』などを買っていたのだが、洋楽、特にクラシックを聴いていたから、いちばん多く買ったのは、やはり老舗の『FM fan』だったと思う。でも、それはせいぜい中学の3年間だけだった。高校になって Sony のポータブル CD プレイヤーを手に入れたらエア・チェックは殆どしなくなって、こうした雑誌を読む機会は急になくなった。

それにしても、FM 雑誌の購読をやめてから3年後に、今度は僕自身が神保町で CD のカタログ雑誌を編集する立場になっていたのだから、妙な経緯である。編集者だった当時の細かい逸話は、まだ当サイトでは書いていないことが多いし、書く必要があるかどうかも不明なのだが、何か機会があったら詳しく書いておくかもしれない(ただ、他人にいちいち公表することかどうかは怪しい)。

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