Scribble at 2026-11-02 09:21:39 Last modified: unmodified
それで、いまのところコンテンツの精査を続けているのだけれど、「落書き」については精査しないこととした。まず第一に、10,000件も読み直してはいられないという切実な理由があるし、第二に再びお目にかけるほどの価値はなかろうという理由もある。ここで書いたことが何か決定的に(そもそも僕にとって)重要であると言えるような指摘やアイデアが書かれているなんてことはない。
そして論説についても、取り下げた方がいいようなものもあると思う。セキュリティ関連では、資料的な価値しかない論文の翻訳などは、もういまや読みたいと思った人が直に生成 AI で翻訳すればいいだけであろう。事実、翻訳業者の収入が劇的に減っているという話があり、このトレンドは既に point of no return を越えてしまっている。また、何を訳すべきかという選択眼についても、いまや大量の概要を並べて比較できてしまう時代にあっては、通読しての比較なんて実のところ効率が悪いだけではなく、通読することによるサンク・コストで過大評価しているだけというリスクの方が大きくなると思う。いわゆる、自分が読んだ本に対する思い入れということだ。そもそも、文芸作品ならともかく、要約すると価値がなくなるような文書に、精読する価値があるのかという議論もできる。
あと、記念として XSWeekly のバックナンバーとか LiteStep の解説とかも、僕らが Windows の互換シェルを使わなくなって10年以上が経つのだから、いまさらユーザ気取りで話題を取り上げていても仕方がないような気もする。