Scribble at 2026-03-04 18:09:46 Last modified: 2026-03-05 12:08:55
もちろんだが、僕はジャスティンのやりかたが何でも正しいと思うわけではない。こういうアプローチが有効な分野とかトピックとかデバイスとか、あるいは人によって有効な場合があると思うし、彼の主張には学ぶべきところが多いけれど、しかし当サイトの落書きを読んでいる方であればご承知のとおり、彼がとりわけマインド・マップを偏重することには疑問を覚える。
好きな方は知っていると思うが、マインド・マップは1970年代にトニー・ブサンというコンサルタントが考案して広めた brainstorming の手法だ。note taking に応用する是非は問わないが、もともとは著作物や思考を整理するための手法ではなかったのである。それから半世紀近くが経過していて、もちろん日本でもビジネス書でマインド・マップを活用するという主旨の本は幾つか出ているが、実際にはマインド・マップなんて殆ど普及していないと言ってよい。もちろん、それには整然と記されたノートの方が「勉強している」かのような見栄えがするという偏見もあろう。だがマインド・マップを「ただの落書きにすぎない」と非難する人は、学習心理学者にすらいる。
そして、ブサンという人物の事績についても、マインドマップは彼が携わっていたメンサに所属する IQ が高い人々を対象にした手法であって、実際には大多数の人にとって認知負荷が高すぎる自己満足的な落書き、あるいは未熟な理解による偏見を図や線で固定するだけでしかないという批判が心理学の業界には強くある。更には、これも現実を見ればよく分かるように、マインド・マップを活用している学者や政財界の有力者なんて殆どいない。はっきり言えば、マインド・マップのユーザとして最も名前が知られているのは、せいぜいマインド・マップのセミナー講師やマインド・マップの解説本の著者だけであるという皮肉な現実がある。
そして、そういう社会学的な皮肉など言わずとも、マインド・マップが万能でないことなど、冷静に考えてみればわかる。視覚的な理解が文字による理解よりも速い場合があるのは確かだろう。しかし、文字で書かれた概念や文を読むことが絵や表を眺めるよりも常に遅く処理されたり理解されるとは限らない。たとえば、誰かに特殊相対論を語る場合に、僕らが「特殊相対論」と書いたり話すことには理由がある。これを、いくらイラストで「速く」「わかりやすく」理解できることがあるからといって、どうやって何を描けば特殊相対論という概念を他人に誤解なくイラストだけで伝えられるであろうか。例の、通俗的な本でよく使う列車のイラストを描くのか?
僕が、当サイトで日頃から、色々な著作物で使われる安易なイラストや図表について、真面目に認知心理学やタイポグラフィの勉強もしていない人間が、科学哲学の概念やトピックや論争を闇雲にイラストや表にするべきではないと言っているのは、これと同じ疑問があるからだ。われわれのような、それこそ小学校の頃から授業のノートをどうやって文章や図表で表すべきなのかを気にしてきたプロのデザイナーですら難しいと言う他にないことを、おまえたちデザインもできなければイケメンでもない無能な都内の編集小僧どもに、パワポで図形を描けるていどのことで、いったい何ができるというのか。おまえたちができることといえば、せいぜいケツを出した女子高生を哲学の通俗本の表紙に採用するも同然の、電通の新卒にすら笑われるようなマーケティングや編集方針でしかなく、読み手を馬鹿にするのもいい加減にしろと言いたい。