Scribble at 2026-02-23 16:04:50 Last modified: 2026-02-23 16:10:05
この議論の中には一定の留保が必要な点もあると思うが、おおむね妥当な内容だと思う。
著者はまず、「計算」が抽象的な概念ではなく物理的なプロセスであることを強調し、データの移動距離やエネルギー消費といった物理的制約が AI の進化を規定していると述べる。これまで AI の急速な進歩を支えてきたのは GPU の効率向上だったが、16ビットや8ビットといった精度の低減やメモリ技術の改善といった「一度限りの工夫」はすでに使い果たされており、コストあたりの性能向上は2018年頃を境に頭打ちになっていると指摘する。
また、線形的な進歩を維持するためには指数関数的なリソースが必要になるという法則についても言及している。かつてはこのリソースの増大分を GPU の劇的な進化が相殺していたが、現在はその恩恵が失われ、わずかな改善に対しても莫大な投資が求められる「スケーリングの限界」に直面している。OpenAI なんて、時価総額が100兆円になったとしても赤字経営だろうと言われているくらいだ。
さらに、真の AGI には物理世界での活動が不可欠になるが、現実世界でのデータ収集は極めて高コストであり、物理的な複雑さを言語モデルのようなスケーリング手法だけで解決することは困難だ。そもそも、あなたのパソコンで動く Claude や Gemini が、あなたの代わりに部下をメンタリングしたり、上司とギャラの交渉を勝手にやってくれたりしないだろう。そしてもちろん、官公庁や銀行やコンサルで金づるを見つけたあとは早期退職して都内のインチキなネット・ベンチャーを起業するような、チンピラ小僧どもの代わりに儲かるサービスや狡猾な宣伝を ChatGPT が自動でやってくれるわけでもない。超知能による再帰的な自己改善という概念についても、知能を物理現実から切り離された抽象的なものとして捉える誤りに基づいており、実際には改善が進むほど得られる(物理的な現実の)利益が減少していくため、爆発的な能力向上は起こり得ないと論ずる。簡単に言えば、AI が「永久機関」を自力で発明して、ロボットを自ら操作して実際に稼働させるくらいでなければ、AGI なんて概念や論理の玩具にすぎないということだ。
というわけで、AI の未来は超知能というシンギュラリティに到達することではなく、実用的な技術がいかに多くの国や広い所得層の人々、つまりは経済全体へ普及し、活用されるかによって形作られると結論付けている。まったく妥当な議論だと思うね。
なお、このブログ記事の議論に幾つかの留保が必要だと思う理由を一つだけ挙げておく。著者は、AI の実用的な普及という方向性でビジネスなり技術の進展を進めている中国のベンチャーのアプローチが、寡占を図ろうとするアメリカのベンチャーのアプローチよりも長期的には有利だと見ていて、これも僕は同感だ。まったく皮肉なことだが、AI に関しては中国の方がオープンであり、特に画像生成 AI については中国からリリースされたモデルの性能だけでなく、そのライセンスも緩いという利点がある。ただし、そこでは学習において著作権法違反が疑われていて、彼らに悪役を任せておいて自由にリリースされたモデルを僕らが使うのは、実質的には著作権法違反のリスクを中国という政治的なスタンスによってロンダリングするに等しいわけで、これはこれで判断を保留するべきだろう。