Scribble at 2026-02-19 12:38:30 Last modified: unmodified

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The answer to the Monty Hall Problem that many people—including some well-trained mathematicians—initially give is incorrect. Nonetheless, there is little controversy among mathematicians and philosophers about what the correct answer is. However, many different arguments have been given for this answer. Although Bayes’s Theorem is the gold standard for carrying out probabilistic inferences, many mathematicians and philosophers try to give shorter and more intuitive arguments for the correct answer to the Monty Hall Problem. Unfortunately, as we argue in this paper, an unconscionably large number of these shortcut arguments involve bad reasoning. Thus, many people end up believing “the right answer for a wrong reason.” Moreover, since these arguments only yield the correct answer in a very restricted range of cases, people learn techniques that lead to false conclusions when they are applied to many other probabilistic inference problems. In this paper, we identify three distinct bad arguments for switching in the Monty Hall Problem that are commonly given by quite reputable sources. We show that these arguments yield incorrect answers when applied to slight variations of the Monty Hall Problem. And we identify exactly where each argument goes wrong. We argue that it would be much better to simply teach people to ask how likely the evidence is given each of the hypotheses.

Right for the wrong reasons: common bad arguments for the correct answer to the Monty Hall Problem

この論説は、モンティ・ホール問題(Monty Hall Problem )という有名な確率パズルに対して、多くの数学者や哲学者が「正解(ドアを変えるべき)」を導き出しながらも、実は論理的に不十分、あるいは誤った説明(wrong reason)を拡散させている現状を鋭く分析した非常に興味深い研究だ。ここでは何度も繰り返している話だが、数学の教育を「数学が最初から苦も無くできる」人たちに任せるのは非常に危険である。もちろん、「高2までは偏差値50だった僕があたしが東大に!」という YouTuber どもに任せたらいいという問題でもないのだが、少なくとも相手の様子を理解できない人や、相手が何をわかっていないかをわからない人には、数学に限らずまともな教育はできないし、まともな教科書や一般書も書けるわけがないのである。で、そういう人たちがおうおうにして数学的には正しくても奇妙なケースというのを解説しようとするわけだが、実は数学者の多くは論理的な思考をしているわけでもなければ、論理的あるいは説得力のある文章を書く能力があるわけでもないので、彼ら自身の説明が飛躍していたり、あるいは重要な仮定を無視して、あたかも「センス」だけで理解したり解けるかのようなオカルトを語っていたりする。そして、そういうわからなさをうまく利用しているのが、都内の出版社で「黄金比の不思議」とか「圏論でなんでもゴーゴー」とか「数学と何とか実在論」といったゴミクズみたいな本を編集してるイカサマ野郎たちだ。

さて、著者であるドン・ファリス(Don Fallis)とピーター・J・ルイス(Peter J. Lewis)は、たとえ結論が正しくても、その推論プロセスに「不当な推論の飛躍(inferential gap )」があれば、それは数学的・論理的に優れた解決策とは言えないと主張している。論文の核心は、世の中で「直感的なショートカット」として受け入れられている3つの主要な説明が、実は特定の条件下でしか通用しない「不適切な議論(bad arguments )」であることを証明している点にある。

まず一つめが「Wi-Phi 確率集中論法(Wi-Phi Probability Concentration argument )」だ。これは、最初に選んだドアの当たる確率は 1/3 で、ホストが残りのドアの1つを開けてもその確率は変わらないため、残り 2/3 の確率がもう一方の閉まったままのドアに「集中」するというロジックだ。

二つめはその強化版で、ホストがヤギのドアを開けることを「事前に知っている」から確率は変動しないと説くものだ。

そして三つめが「Wi-Phi 確率交換論法(Wi-Phi Probability Swap argument )」で、ドアを変える戦略をとれば、最初に外れ(ヤギ)を引く確率(2/3)がそのまま勝利確率に反転するという説明だ。

ところが著者たちは、これらの説明が「ホストの行動ルール」のわずかな変化に対応できないことを指摘している。例えば「ランダム・モンティ(Random Monty )」という変種を考えてみてほしい。もしホストが中身を知らずにランダムにドアを開け、たまたまヤギが出てきたという状況なら、実はドアを変えても確率は 1/2 ずつで変わらない。それなのに、先述のショートカット論法をそのまま適用すると、この変種でも「変えるべき」という誤った答えを導き出してしまう。つまり、これらの議論は「なぜホストがそのドアを開けたのか」という証拠(evidence)の重みを正しく評価できていないことになる。

さらにこの論文は、「怠惰なモンティ(Lazy Monty )」や「不均等なモンティ(Unequal Monty )」といった、より複雑な反例を用いて、既存の有名な説明がいかに脆いかを暴いている。

たとえばホストに特定のドアを優先して開ける「癖(bias )」がある場合や、ドアごとの初期確率が均等でない場合、私たちが信じ切っている「変えれば確率は 2/3 になる」という等式は崩れてしまう。それにもかかわらず、多くの教育的な動画や著作がこれらのショートカットを「完璧な説明」として紹介しているのは、一種の「知的な欺瞞(intellectual fraud )」に近いと著者たちは警鐘を鳴らしている。

結局のところ、モンティ・ホール問題を正しく理解し、他のあらゆる確率推論(probabilistic inference)にも応用できる汎用的な思考ツールを手にするためには、ベイズの定理(Bayes's Theorem)のような厳密な手続きに立ち戻る必要があるというのが結論だ。具体的には、「それぞれの仮説のもとで、目の前の証拠が得られる確率はどのくらいか(how likely the evidence is given each of the hypotheses)」を問う「選好手続き(Favoring Procedure )」こそが、教育されるべき真の合理的な道筋だと言える。

僕も、こういう丁寧な解説をするべきだという意見には、ひとまず賛成だ。文字数とか、動画の収録時間とか、そういう下らない理由で議論をショートカットするべきでないのであって、ここをショートカットしてしまうと、どうして自分の直感と実際の正しさがズレてしまうのかという、自分にとってのリスクとか自分自身の考え方についての理解が進まない。それはつまり、ものごとに関心をもっているふりをしていながら、実は何の関心もないという自己欺瞞でしかない。

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