Scribble at 2025-11-14 12:49:39 Last modified: 2025-11-14 12:49:59
同じく大阪市内に独りで住んでいる実父は、まだ介護というほどの状況ではないが、そろそろ自転車に乗るのが難しくなってきたので、8月に要介護認定の申請を出して、「要支援1」という介護保険制度では最も軽度な等級で認定してもらった。目的は、電動カートをレンタルするためである。地域包括支援センターへ相談に行って、ケア・マネージャを紹介してもらい、ケア・マネージャから電動カートのレンタルを申請してもらった。最初、地域包括支援センターでは「要支援1だと電動カートは借りられない」と言われたのだが、ケア・マネージャが「そんなことはない」と申請してくれたわけである。なんでも、地域包括支援センターの側では、安易に電動カートを使わせると足腰が弱って要介護へ悪化する恐れがあるという理由があるらしいのだが、ケア・マネージャの側では、電動カートを使ってでも積極的に外出する方が良いというスタンスの違いがあるらしい。
こんなわけで、現在は電動カートを導入してから2ヶ月くらいになる。いまだに練習で付き添ってスーパーマーケットや銀行へ行っており、連れ合いと交代で週に4回は往復1時間の行程を練習しているところだ。なお、僕は水曜日に会社からの帰路で立ち寄って練習に付き合っているのだが、フレックス・タイムの制度として会社に15時までいなくてはいけないので、それから実家へ行くと16時近くになる。11月にもなれば、そろそろ薄暗くなってくるから、フロント・ライトがない電動カートで外出するのは遠慮したい(実際、自転車に乗っていた頃でも夕方以降の外出はしていなかった。単純に危険だからである)。
全くの余談だが、こういう事情で介護保険制度だとか、高齢者の栄養摂取だとか、あるいは作業療法学だとかリハビリテーション学の歩行分析だとかを調べていると、もちろん生命倫理学や医療の哲学にかかわる色々な話題についても考えさせられ、そして古今東西の区別なく、この手の話題についての研究は非常に蓄積が薄いということが分かる。ぶっちゃけで(いつものことだが)言わせてもらうが、ロートルは「禅とウィトゲンシュタイン」とかどうでもいいことをやってる暇があったら、高齢者医療の科学哲学とかやってみたらどうなんだろう。