Scribble at 2025-08-31 09:40:14 Last modified: unmodified
『種の起源』を読み直そうとして、改めて遺伝学の知識を固めたいという意欲が生じたので、古本の『ハートウェル遺伝学』を手に入れた。書き込みがあるという状態の本だったから、送料を含めて1,200円という格安である。そして、さきほど到着したので開いてみると、もちろん書き込みがある。そして、相変わらずのことだが、「勉強ができない人」の典型的なパターンであった。
まず、キーワードを曲線や矩形で囲んだり、マーカーで下線を引くような人は、たいてい勉強ができないタイプと言って良い。それは、そのキーワードを含めた脈絡や論旨という相関関係を無視して単語を覚えても意味がないということを、義務教育の課程で会得していないからだ(というか、偏差値70以下の小学校や中学校で、それを教えられる教員が1割もいるとは思えないわけで、そういう意味では教育の被害者と言える)。もちろんだが、東大や京大に進学するような人々の大半は会得しているわけで、ふだんは「東大暗記小僧」と馬鹿にしてはいるが、それは一定レベル以上での話なのだ。そういう比較をしている状況で、気の毒なことを言うようだが、偏差値70以下の大学や高校の出身者なんて眼中にないのである。ただ、事実を述べておくと、僕は高校時代の模試では偏差値65くらいだったので、それだけを取り上げるなら東大生を馬鹿にするような資格はないわけで、受験という脈絡で言えば「カス」の一人である。
それから、勉強ができない人の教科書の使い方として典型的に目立つのは、当たり前と言えば当たり前のことなのだが、そういうマーカーや書き込みの跡が教科書の前半にしかないということだ。つまりは、通読していないわけである。もちろん、多くの大学ではセメスターどころか通年の授業でもテキストの全体を扱わない場合があって、それは最初からシラバスが「基礎編」のように初等レベルの内容しか扱わないという割り切った構成になっているからという事情もありえるが、僕の経験では教員の資質が不足していて、通年のまともなシラバスを作れていなかったり、そもそも講義を無計画に休んでいたりするからでもありえる。しかし、何らかの急な事情で計画どおりにいかなくなるという想定は、大学院を出ているような人間なら、昆虫並の知能でもない限り誰だってあらかじめできるだろう。なので、何日か休講にする想定でシラバスを組んだり、あるいは実際に休講となった場合のリカバリーとして、自習の教材とか、休講で学習課程をスキップした場合のリスクを考えておくのが、大学に限らず「教職」についている人間の職責でもある。はっきり言って、大学のプロパーは「自称教員」にすぎない者があまりにも多すぎるわけで、最近は学部時代に塾や予備校や家庭教師のバイト、いやそれどころか TA すら経験がないというズブの素人が大学教員になったりする事例が多いという。まったく、困ったことである。でも、休講だからとか、あるいは授業で前半しか教えられていないからといって、自分がわざわざ買い求めた教材を半分しか使わないというのは、簡単に言えばその分野に興味がない証拠である。したがって、その分野の勉強をしていない人物の教科書であると言って良い。