Scribble at 2025-08-06 17:11:11 Last modified: 2025-08-06 17:19:08

都内でものを書いている連中というのは、ここで罵倒している哲学教員だけではなく、もちろん出版業界のヒモとして大勢のインチキ野郎が巣食っている。たとえば、僕がここで何度か名前を出している某翻訳家などは、人文・社会系の業績を軽快に罵倒しつつ、自分はヤク中のどうでもいいアメリカ人の小説を翻訳したりしている。英文学を専攻した人々には受けが良くても、大半の社会人は見向きもしなければ名前も知らないような人物だが、なんでそういうガラクタみたいな小説を読む必要があるのか、堂々とどこかで論じた様子はない。たぶん「読めば分かる。分からなければセンスがないだけの話だ」というのかもしれないが、実はそんな態度こそ数百年前から文学に関わってきたスノッブの態度そのものなのである。自分では「おりこうさんの理系」の仲間のつもりなのかもしれないが、結局のところ黒木掲示板に集っていた人々と同様に、プロパーの馴れ合いによる、ただの貴族趣味だったわけである。

こういう連中がいるからこそ、僕は大学の教員になる気がしなかった。確かに神戸大で博士号の論文計画書を提出したときは、研究者としての志望だけではなく、教育者としての使命についてもいくらか考えたけれど、決して負け惜しみではなく大学教員にならなくて良かったと思う。もちろん、みなさん都内のインチキ哲学教員から見れば、アメリカの大学で博士号すらとっていない人間のクズなんて、別の意味で大学教員になれまいとかならなくても良いと思えるかもしれないが、それだけ時間とお金と労力を費やした結果がそれ(懐かしい表現を使うなら「(^Д^)9m」)かよと思うと、怒りというよりも同情すら覚える。

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