Scribble at 2025-07-29 18:01:40 Last modified: 2025-07-29 18:04:57
もう何年前だったか、旧 Twitter 時代に @philsci というアカウントを運用していた頃だが、VSI で Causation を書いた Rani Lill Anjum さんに "philosophers on Twitter" とかなんとかいうリストに加えてもらったことがあった。そして、その経緯があって、見ず知らずのアメリカの教員から妙なクイズを出されたことがある。正直、どんなクイズだったのか覚えていないのだが、「間違い!」とだけ言われて、それっきりになってしまった。
たぶん、そういう質問に正解できない「クズ人間」に用はないというたぐいの、アイビー・リーグや Oxford などによくいるサイコパスなのだろう。
もちろん、その手の質問は、あらかじめ自分で用意するにあたって正解を知っているはずだし、何か異議を申し立てられても対応できるようにしているはずだ。海外の大学で defense したこともない教員は少ないだろうし、逆に試問を担当したこともない教員だって少ないはずだ。そういう次第で、あらかじめ用意していた質問と答えを相手にぶつけて能力を確かめるという所作に不当も不自然も不思議もありはしない。そして、大学の教員になるような人物の中には発達障害と思われるような人々も多いであろうから(逆に言えば研究職以外の生業など従事できまい。科研費の申請といったカスみたいな事務作業ですら毎年のように文句を X に書いてるやつがなんと多いことか)、ところかまわず「口頭試問」して回るような変わり者がいてもおかしくないわけである。
なので、答えられなかったから何か腹いせに書いているわけでもない。そもそも、何に答えられなかったのかすら覚えていないほどの些事なので、僕にとってはどうだっていいことなのである。この世界の真理について考えたりするのに、蚊の飛ぶ音すらも貢献しないカスみたいなクイズだろう。そんなものに正解しようと間違おうと、どうだっていいことは既に事実が証明している。つまり、その人物の名前が書かれた論文や著書が世界的に注目されるといった出来事が起きていないという事実である。もしそんな著作物が話題になっていれば、名前くらいは思い出すだろう。でも、そんなきっかけになるような論文も著作物もない。つまりは、僕よりはなにほどかお勉強ができるのかもしれないが、しょせんは無能なプロパーがどれほど事前に用意した色々なクイズの答えを知っていようと、そんなものは哲学的な才能とは何の関係もないのだ。