Scribble at 2025-06-26 16:30:30 Last modified: 2025-06-26 16:31:22
いろいろなエピソードを交えて、生徒たちの好奇心に火をつけられるような先生は、必ず生き残ることができるというわけです。
いや(笑)。
こういう文章こそ、人の仕事が AI で置き換えられない理由とかいう話題で登場する、ほとんどテンプレと言ってもいいような妄想だよね。僕らのような生成 AI の技術者や理論家でもない、いちユーザですら、こんなのが典型的な藁人形論法であることは既に常識の類になりつつあるんだよね。なぜかと言えば、既に僕らがポッドキャストや会社の研修教材を生成 AI で制作しているときに、まさしく「いろいろなエピソードを交えて」聞き手の好奇心に火をつけられるような音声概要とかスライドを作ってるからだ。なんなら、そのへんの底辺高校の教員なんて足元にも及ばないほど膨大な数のエピソードを添えて、あらゆる教科の自習用テキストを代わりに作ってもいいよ。ていうか、いままさに科学哲学のそういうテキストを作ってるわけで、まぁいつごろ公開するかはわからんけど、人がやっていたら作れないような密度や分量の著作物になると思う。
ちなみに、生成 AI を利用して作ったテキストなんて信用できないかもしれないけど、それは吐き出されたテキストをそのままコピペするからであって、それらはあくまでも素材だしサーベイのリポートだ。そして、そういうことなら AI だろうとヒトだろうと利用すればいい。僕だって神戸大で森先生の実質的な助手として説明理論のサーベイとかやったし、自分の工数だけでリポートや論文や著書を書くわけでもなければ、そうする義務があるわけでもない。なんで単独で全ての作業をしなくちゃいけないのか。たいていの研究書でも、冒頭やあとがきで、やれ妻に清書してもらったの、娘にタイプしてもらったの、秘書に索引を作ってもらったの(あいかわらず女性が大半なんだけどさ)と書いてるじゃん。