Scribble at 2025-03-09 11:46:47 Last modified: unmodified

僕が神戸大学で TA をやっていたころに、いちど学部生に話したことがあるアドバイスをご紹介したい。それは、哲学史にかかわる「オタク談義」は哲学することでもなければ哲学研究でも哲学史研究でもないということだ。

何かテーマをもっている人が関連する話題を取り上げている本や論文を読んでいると、新しい視点がほしいと感じることがある。そして、専門的な分野で多くの本や論文を読んでいる人に限って、どんどんマイナーな哲学者や他分野の思想家の本に手を出していって、簡単に言えば次のような二つのパターンに落ち込んでゆく。それは、(1) どれほどマイナーな哲学者のマイナーな本を知ってるかというオタク競争、そして (2) どれほど既存の古典と結びつきにくい意外性のある組み合わせで比較思想するかというオタク競争にはまり込んでしまうことだ。これは、よく本を読んでいて、しかし情報量が哲学的才能だと錯覚しているような人に多く、得てして東大や京大よりもランクが低い大学に、この手の雑学博士くんがいたりする(でも、入試に必要なお勉強ではなく哲学については東大生にも引けをとらない自信があるという妙なプライドをもっている、オタクに多いメンタリティの青少年)。 

しかし、これは全くの錯覚である。これは何も僕が権威主義者だからといって、古典や商業的に成功した著作物以外は読まなくてもいいと言っているわけではない。寧ろ、古典はともかく、僕は商業的に成功している著作物の大半はゴミなので、他にやることがなくて暇潰しに哲学科に入ったような学生ならともかく、何事か考えることが目的で哲学に関心をもっているような学生には、とても勧められないカスみたいな読み物ばかりだ。よく、こういう馬鹿や無能が書いた本を、後学のためだの社会経験だの反面教師としてだのと言って読ませようとしたり読もうとする人がいるけれど、僕はそういう読書に認知科学的な効用があるという教育心理学的な追跡調査の結果なんて読んだことがないし、そんな研究どころか思弁として(分析哲学者が大好きな)思考実験をやった人すらいないと思う。僕は単純に、そして常識的にも妥当な態度だと思うが、馬鹿の書いたものを読むことは単純にお金と時間の浪費だと思う。

もちろん、その逆に勝利者史観や生存バイアスを擁護したいわけでもなく、その当時の「勝利者」が書いたものだけ読んでいればいいなどと言いたいわけでもない。そもそも、どのような分野にも「決定的な最終の勝利者」などいないし、理想的な条件が揃えばこういう人物のこういう本が該当するであろうという想定すら原理的に言って妄想の類だろうと思う。したがって、このような判断は客観的な基準で行うことではなく、どこかに暫定的な基準を設けて取捨選択するよりほかにないであろう。しかし、だからといって、当時のヨーロッパで自費出版してカントに挑んだ無名の物書きとカントとを同列に扱うことが epistemic justice であるとか、あるいはその無名の物書きこそ「隠れた天才」であったとかなんとかインチキ・リベラルを語ろうと、そんなことは御託の類でしかあるまい。やはりカントの方を丁寧に読むべきなのである。

そういう、青い鳥症候群の一種とも言える、どこかに現状を打開してくれる「忘れられた天才思想家の本」があって、絶版になった岩波文庫やちくま学芸文庫として翻訳されていたのではあるまいかなどと不安を抱いてみたところで無駄である。ひとたびそのような妄想にとりつかれると、ダマスカスまで旅行して、まだ日本の誰も知らないシリアの18世紀の哲学者で、何か決定的な著作で真理を語っていた人物がいたのではあるまいか、いやひょっとしてシベリアにそういう人物がいたのではないか、それともタイの奥地にある遺跡に重要なメッセージの書かれた土器が埋蔵されているのでは・・・などと、知識や知恵に関する三流のインディー・ジョーンズのような人生を送ることになる。

僕らは書籍、それはつまり他人の成果に多くを学び、負っている。それは、これまでもこれからも同じであろうし、そのことを自体を過小評価したり否定するのは愚かというものだろう。しかし、やはり真理というものは(それがなんであれ、そして独我論として言うのではなく)他人の書いたものの中にはないのである。自分の抱いているテーマについて行き詰まったら、やはり僕が言えることとして、そこから先へ進むために手持ちの情報の量を増やしてみても、それはしょせん生成 AI の追加トレーニングみたいなものか、あるいは「編集工学」のような言葉のコラージュを思想と錯覚するような手合の思考へ落ち込んでゆく他にない。そこから先は、学術研究とは言えない、いわんや哲学するにはほどとおい、オタク談義があるばかりだ。

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