Scribble at 2024-12-03 10:57:10 Last modified: 2024-12-03 10:57:21
考古学で教えを受けた森浩一先生は、著書でも「町人学問」と称してアマチュアの学術研究なり調査なり知見や経験も活用するべきだと述べていた。これは、広く考えると public archaeology のようなアプローチに通ずる発想だろうとは思うが、それぞれのコンセプトについて懸念がある。
まず第一に、public archaeology は岡山県の「月の輪古墳」と呼ばれる遺跡で地元の住人が参加して実施された調査が有名となったように、「市民参加」とか「地域密着型の学問」などとジャーナリスティックに表現されることが多い。しかし、埋蔵文化財行政という実務の観点では、これは正直なところ現実的な学術調査でもなければ理想的ですらないと言える。初等レベルの考古学なり埋蔵文化財調査に関する知識や技法が、それこそ義務教育の段階で全国のガキども・・・もとい、世界で一つだけの貴重なお子様方に殴ってでも・・・もといお暇なときに学習していただくよう叩き込まれて・・・もといお時間を頂戴できるならともかく、いざ調査を企画した時点で周りに素人しかいないという状況では、一定の技能へ引き上げる研修や OJT だけで専任技師なり研究者の工数が使い果たされるだろうし、一人で管理できる作業内容にも限界はあるから、せいぜい5人以下の作業を監督するのがやっとだろうと思う。そして、もちろん歩留まりというものがあるから、歴史ファンというだけで全く実務能力がない自称郷土史研究者とか自称考古学ファンとか自称歴女とかを弾き出して入れ替える必要もあろう。恐らく、そんなことをやりながらでは、一つの区域を発掘調査するのにかかる日数は業者へ委託するのに比べて数十倍もかかるであろう。しかも、最近の凡人なんて自分でボランティアで発掘の手伝いに来てるくせに、やれ残業は困るだの宿を用意しろだの手当を寄越せだのと権利ばかり口にする。そんな連中なんて、石川県でも困惑している自治体やボランティア団体は多いと思うが、逆に現地の作業を混乱させるだけの、善意お化けや左翼お化けでしかない。そういう人々を相手にする事例があってもいいのかもしれないが、それはあくまでも研究意欲の減退した暇な元プロパーが自費で企画して相手をすればいいのであって、大学(どの大学でも税金の助成を受けている)の教員、ましてや埋蔵文化財を担当する行政組織がやることではない。しかるに、どうもマスメディアで唱導されている public archaeology は、あいかわらず都内の出版社に多い新左翼的やブント的なイデオロギーに感化された連中の「民主主義」なる妄想に引きずられている印象が強く、学術のまともな実務に落とし込めるようなコンセプトとしては未熟すぎるし、社会科学のアプローチとして偏っていると思う。出直してこいというのが、元考古学少年だった哲学者としての意見だ。恐らく、森先生はいまのような public archaeology は許容しないと思う。森先生はプロパーにも厳しいが、同じくアマチュアにも厳しい。つまり学術について厳しい人物であったからこそ、逆に要件を満たせば大学教授もアマチュアもヘチマもないというスタンスなのだ。よって森先生の言う町人学問というコンセプトには、日本のマスコミが大好きな、不勉強な馬鹿や無能に下駄を履かせて結果平等だけを求める、「民主的」な学問なんていう妄想は含まれていない。森先生がしばしば『赤旗』に寄稿していた事実だけで、こういう勘違いをする人が多いので困る。
ただ、第二に森先生のコンセプト自体にも引っかかるところがある。それは、やはり「町人学問」などという表現なりスローガンだけを振り回して、その条件や要件や資格を殆ど語らないのでは、森先生が望むような研究コミュニティは醸成されないということだ。昨今の「独立研究者」ブームなんてものを見ていると、彼らがやっていることと言えば、大学に籍を置かずに研究するというよりも、ありていに言えば大学の教員以外の人々が出版・マスコミ業界で単独の「権威筋」として位置を占めたり、出版業界と行政を巻き込んだ業界の中でヘゲモニーを掌握しようという、ゲスいスケベ根性に陥っているとしか思えない。もちろん、学問はどういう事情や目的や動機でもできるのであって、彼らが単純に金銭や名声や地位を欲して本を書いていようと、それは構わない。昆虫が地面を歩くことに憤慨する理由などないのと同じく、われわれ哲学者が通俗物書きどものやることに何を立腹する理由があろうか。これまで、僕はしばしば「社会科学的なスケールで言って」誤差の範囲にも入らないような些末なことは関知しないと言ってきたが、逆に言えば社会科学的なスケールで由々しき影響があると言えるなら、ここで書評として取り上げたり、アマゾンでレビューを書いたりするといって程度の抵抗はするだろうし、少なくとも僕自身の研究活動においては叩き潰すということでもある。だが、最近はそれすら不要であろうと思うようになっている。僕自身が僕にとって有害なり不要だと思うことがらは、僕がまずは端的に無視すればよいのであって、それをわざわざ取り上げて批評したり論難するという時間すら、恐らくは無駄というものであろう。また、僕自身の年齢から言っても、そんなことをする時間は残っていないように思う。したがって、多くの方が実際に実行しているだろうと思うが、僕も方法論的な・・・とまでご大層なものでもないが、ともかく楽観主義なり、僕にとって役立つと思える成果だけを利用して学問を進めることに専心したい。これまでも、僕や家族の生活に支障がなければ馬鹿や無能が何をしていようと構わないと言ってきたが、それに加えて、不愉快な成果を読まされて時間やお金を浪費したという被害を受けた場合でも、そういう本をいちいち取り上げるようなことはしない。なので、僕はみなさんのような口先や脳内あるいは指先でキーを叩くときだけ哲学の研究者であるような歩く自己欺瞞とは違って、自分自身にも同じ方針を当てはめるので、みなさんが当サイトのコンテンツを不愉快なり不要で有害だと思うなら、さっさとブックマークから削除してアクセスしないことをお勧めする。Windows のユーザなら、hosts ファイルというものがあるので、当サイトのドメインを 0.0.0.0 か別のドメインへリダイレクトするように設定すれば、間違ってリンクをクリックしても当サイトへはアクセスできなくなる。当サイトのコンテンツを理解しないという意味では、僕から見て無能なみなさん、ごきげんよう。
あと、森先生は大阪で生まれ育った人物だが、総論としてはともかく、各論としては大阪に失望したのではないかと思う。彼は後半生の多くを京都や東海など別の地域での活動に費やしていて、通俗本で大阪府内の古墳や史跡を語ることはあっても、あれだけ史跡に足を運ぶことを好んでいたにもかかわらず、あまり後半生に入って大阪の史跡を歩いていたという事実はない。恐らくは、かつて泉北地域の調査などで学閥の被害を受けたり(当時は須恵器の研究者として最前線にいたのが、殆ど研究しなくなったと思われる)、あるいは大阪府内で取り組んだ史跡の保全活動の難しさなどを通して、かつて民俗学者の宮本常一が「大阪は学問をやる土地ではない」と口にしたと言われるように、大阪という土地柄で彼の考える「町人学問」なり「地域学」を支えるコミュニティを醸成するのは無理だと思ったのかもしれない。