Scribble at 2023-10-03 18:07:25 Last modified: unmodified

僕が、つねづね誰それの「全体像」とか、科学的知識の「総体」とか、そういった観念を胡散臭いと感じているのは、人の意志や思考、それから自然法則は、その適用の範囲とか結果を関知しないと思うからだ。われわれは、必ずしも直感的に思いついた結論や見通しのようなものを正当化するために裏付けを取るような仕方で研究しているわけではないし、自然法則は何かを目指して銀河を回転させているわけでもなければ、屁をこいたときに成分が空気中に拡散させているのでもない。結局、そういう全体像とか総体という観念を先に見越して据えた上での説明というのは、正当な根拠もなしに忍び込んでくる目的論であり、つまるところはこの世界なり宇宙になんらかの意図や意志や目的があるという宗教にすぎない。それは、僕に言わせればパソコンに名前を付けて愛撫するオタクと同レベルである。

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