Scribble at 2023-10-01 13:04:07 Last modified: unmodified
アマゾンの洋書カテゴリーには、スパムが非常に多い。ここ最近になって、アマゾンに新しいメモ帳スパムのパターンが増えているようだ。上に紹介したのは "Ava Ray" という「著者」が「出版」した「プロダクト」らしいのだが(あからさまに "book" と表記すると詐欺になるため、巧妙に避けている)、商品説明には "Notebook, Journal, Notepad, Diary, Memo pad, Writing pad, Sketch book" という定番のキーワードが並んでいる(これだけ書いているのだから、まさか本だと誤解して買ったりしないよねという、後から抗弁するための証拠という意味もあるのだろう)。そして他にも、この一冊を手にしてものを書く体験を味わって欲しい・・・みたいな説明が書いてある。なんにしてもスパムはスパムだ。
こうした商品を検索の機能だけで排除することは、既に不可能である。ある程度のスパムは "-notebook" とか "-graph paper" といった exclusive なキーワードで排除できるにしても、そういう典型的と思えるキーワードをわざと避けて大量のスパムを特定のカテゴリーに並べている事例もある。そして、ここ2年くらいの間に、こんどは "-notebook" で排除されることを知ったからなのか、ドイツ語やイタリア語で "Notizbuch" とか "taccuino" などと表記するスパムも出てきている。
もちろんだが、僕は2002年頃からアマゾンで洋書を買っているため、こういうスパムに煩わされるようになった頃から、既に15年くらいはアマゾンに通報しているし、Twitter でアマゾンの英語版、日本語版の公式アカウントにも通報してきている(ただし、@philsci のような個人名も明かしていたアカウントだとスパム業者の人間にもメンションのツイートを見られてしまうため、匿名のアカウントでしか通報していなかったが。既に BBC が報道しているように、この手のスパム業者の多くはヤクザやテロリストなどであるため、何らかの危害が及ばないとも限らないからだ)。しかし、たいていは「はいはい、わかった。わかった」といった反応ばかりで、実情としては分かっていても対応は無理だという態度が見えた。
しかし、こういうスパムが次々と作成されてアマゾンに商品として登録されることは禁止できないとしても、われわれ消費者が洋書のカテゴリーで検索結果として大量に眺めさせられるという現状を改善する手段はいくつかありえる。そもそも、こういうスパムは他の出版業者にとっても一種の業務妨害として抗弁できる事案ではないのか。他の言語で展開しているサイトでは事情がわからないし調べる興味もないが、少なくとも Oxford University Press や Springer Nature の日本法人の社員というのは、アマゾンに一度でもアクセスしたことがないのだろうか。一度でもアクセスしてみたら、スパムのせいで自社の出版物が汚染されていることは明らかなので(たとえば "springer" と検索すると、物理学書のカテゴリーであろうと、犬のシュプリンガーを表紙にあしらったメモ帳が大量に検索結果に出てくる)、アマゾンの日本法人に少しはアドバイスなり苦情を挟むくらいのアクションは取れるだろう。それとも出版社というのは、いかに Oxford University Press や Springer Nature ですら、アマゾンの脱税法人みたいなチンピラどもにすら一言も文句を言えないほど立場が弱いのだろうか。もしそうなら、出版業者なんてやめちまえばいいのに。
ともかく、アマゾンからでなくともアマゾンの検索結果からスパムを排除する方法としては、簡単に考えるだけでも二つある。一つは、以前も書いたことだが、検索の新しいフィルターとして "independently published" の出版社を除外する機能を実装することだ。これによって一緒くたに全ての自費出版が排除されるけれど、それで消費者が被る被害なんて「文化的な次元においては」殆どない。せいぜい、日本のガキが読みまくってるスケベなラノベとか、今年に入って乱造されている生成 AI を使った幼女アニメキャラの凌辱写真集とか、表現の自由を濫用している糞表現も大量に排除されるのだから、寧ろ結構なことではないか(申し訳ないが、僕は保守で権威主義者でもあるから、こういう断定について文句を言われても困る。僕は善良で表面的な公平さというパフォーマンスで人に好かれるために哲学者を名乗っているわけではない)。では、きみたちのような都内の穏健で無邪気で朴訥とした田舎者が恋い焦がれる、細々と何かを学んだり研究したり年月をかけて丁寧に書かれた、市井の隠れた天才思想家や善良な市民の手になる研究書だとか詩集の類を排除してしまう、情け容赦も血も涙もない、それこそ日本の社会学者みたいなセンチメンタリストたちが泣き叫ぶような悪行にもなりえる処置のリスク、あるいは希望にあふるる可能性の排除についてはどうだろうか。
バカな話をいつまでもしてるんじゃない。自費出版なんて、そもそも自分なり遺族なりが書籍として形にして、そしてそれを読んでもらいたい人に送るのが原則である。よって、アマゾンのようなサービスを利用して不特定多数の人々に販売すること自体、僕に言わせれば「スケベ根性」でしかないのだ。寧ろ僕は、君らのような一見すると少女漫画に出てきそうな都内の軟弱な連中が隠している、実は途方もない傲慢さというものを怖いと思っているのである。あるいは、昔で言う辻説法だとかビラのようなもののオンライン版だというなら、それは自分のサイトをこうして立ち上げて意見を述べたり、あるいは WordPress.com のアカウントでも作ってブログを運営すればいいのであって、何も「書籍」という形状の商品にする必然性などないわけである。昔の辻説法やビラを配るという行為の目的は、それこそ多くの人々に知ってもらうこと(そして、できれば何事かを同じように志してもらい、実行してもらうこと)にあり、書籍として読んでもらうこと、ましてや購入してもらうことに目的などないだろう。そこを履き違えて、出版・販売というプラットフォームの中でしかものを考えていないからこそ、ものごとの本来の趣旨を自分で取り違えてしまうのだ。哲学者としても重ねて強調しておくが、われわれが最も注意深く避けなくてはならないことは、自己欺瞞、つまり自分で自分の思考を歪めたり騙すことにある。われわれにとって最大の目的は、それが科学哲学のような分野であろうと、自分自身をどう育むかにあり、そしてわれわれにとって最大の脅威もまた、自分自身なのである。