Scribble at 2023-06-27 14:29:28 Last modified: 2023-06-27 19:37:35

MarkupDancing で、最近の Windows に入っているペイント 3D という MS ペイントの後継ソフトが使いづらいという話を書いた。その自分が書いた文章を読み返していて思うのだが、何かと言えばマイクロソフトに限らず、こういう貧弱で非効率な仕様のアプリケーションを「初心者向け」とか「素人にもわかりやすい」などと弁護する向きがある。そして、学術についても似たようなことを言って、スカートが短い女子高生のイラストを表紙にしたような「サバイバルのための(左翼)哲学」だの「ケアの現象学」だの「ケツの穴の分析哲学」だのと、ふざけた本を印刷しまくっているのが、この国の出版社だ。

そして、そういう連中も似たようなことを言う。つまり、「初心者にはそういう本が最適だ」というわけである。こういう連中は、哲学に限らず、学問は簡単にやさしく手ほどきすることが、革命的プロレタリアートへの知識の解放なのであーるとか言う。東大の学卒とかで大手出版社に入って組合運動でもやりながら、かたや印刷所や製紙業者には値引きを要求しているような、思想的精神分裂と言うべき連中である。僕は、それこそ考古学少年として大学生の教科書などを読んでいた頃にも似たようなことを思った。

「それって学問を修めることとは違うんじゃないか」

小学生の頃に大学生が読む教科書に目を通していると、おのずと小学校で使う教科書との歴然とした差が子供でも分かる(もちろん、小学生として大学生の教科書を読んでいることくらい、皆さんのような東大や京大を出ている「田舎の神童」のお歴々にとっては、珍しくもないことだろう)。そして、その違いは小学生だから知らなくてもいいことではないと思った。同じく、画像編集ソフトの初心者だからレイヤーの機能は必要ないとか、科学哲学の初心者だから哲学の歴史には合理主義と経験主義しかないと教えてもいいとか、そういうことが「啓蒙」や「教育」なのかと思う。それは、自分たち書き手の勝手な通俗化や短絡化を教科書だの一般向けの本だのと称してばら撒いているだけではないのか。

そもそも、最初から込み入った話をして何がいけないのだろう。だって、そういう話についてこない人は、永久にとまでは言わないにしても、少なくともその時点では哲学やる必要ない人じゃん。大学教員はサービス業だし通俗物書きは性癖でそういう短絡しかできないからいいけれど、僕らアマチュアや、あるいは所属や職業はともあれ哲学者はそういう連中を相手にしなくていいだろう。

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